ウクライナで捕虜となった北朝鮮兵、激白「目の前で戦友が次々倒れた」
一昨日

ロシア・クルスク州の戦場で ウクライナ 軍の捕虜となった北朝鮮兵、リとペク(いずれも20代、名前は非公表)の2人が、約1年8カ月の捕虜生活を経て韓国に移送された。
2人は北朝鮮に残された家族への影響を恐れながら、韓国行きをめぐって長い間、揺れ動いた。決断を後押ししたのは、韓国から届けられた故郷の料理と、韓国の脱北者から寄せられた数多くの手紙だった。
ロシアへ向かう段階で、2人は実戦に投入されるとは考えていなかった。ロシアの軍事技術を学ぶ訓練や合同軍事演習に参加すると説明されていたためだ。
ところが、クルスク方面に到着すると状況は一変した。実際の戦闘に投入され、ロシア軍とともに ウクライナ 軍と戦うことになった。戦場は、それまでの軍事訓練や演習とは全く異なっていた。
上空から接近してくるドローン(無人機)は、兵士の位置を探知し、容赦なく攻撃を加える。ペクは、戦闘の中で戦友が目の前で次々と倒れていったと証言している。
それまで北朝鮮で教え込まれてきたのは、「敵に捕まることは祖国への裏切り」という考えだった。リは銃撃によって下顎を大きく損傷し、大量出血していた。捕虜となる直前には、自爆用の手榴弾で自ら命を絶とうとしたという。
捕虜となった直後、2人を支配していたのは恐怖と警戒だった。自分たちは殺されるのではないか。捕虜になったことが北朝鮮に伝われば、残された家族にも影響が及ぶのではないか。そんな不安を抱えていた。
一方、 ウクライナ 側の医療スタッフは、重傷を負った2人を治療してくれた。さらに韓国の国会議員やメディア関係者らが面会し、韓国での生活について説明した。
リは顎の負傷について、韓国に行けば手術を受けられるのかと尋ねた。さらに、韓国で家を持ち、家庭を築くことができるのかとも質問した。
韓国の国際紛争専門の取材班が2人に面会した際には、北朝鮮料理の豆腐飯をはじめ、キンパプ、キムチなどが届けられた。故郷に近い料理を口にしたことも、韓国を身近に感じるきっかけになった。
韓国の脱北者68人から寄せられた手紙は、韓国行きを最終的に後押しした。
自分たちは韓国で生活している、韓国に来れば一人にはしないというメッセージだった。
2人は手紙を書いた脱北者らに自筆で返信し、「韓国の人々を親や兄弟のように考え、その懐に行く決心をした」という趣旨を記した。
2人の戦場経験は、北朝鮮とロシアの軍事協力の実態を知る上で重要な手掛かりとなる。
一方、李在明政権は南北対話と平和共存を重視している。韓国政府は今回の移送について、本人と北朝鮮に残る家族の安全なども考慮し、当初は公表を控えていた。
2人は北朝鮮を離れることを決意してから韓国へ来たのではない。戦地で捕虜となり、捕虜生活を経て韓国行きを選択した。このため今後、北朝鮮が「2人はだまされている」「韓国行きを強要された」などと主張し、身柄の返還を求める展開も否定できない。
捕虜生活から抜け出した2人を待っているのは、韓国での新たな生活だけではない。北朝鮮に残る家族、南北関係、露朝軍事協力、そして戦争捕虜をめぐる国際政治という複雑な現実だ。
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