“大食いコンテンツ”にYouTubeが収益化制限――「完食すればOK」では済まされない問題点とは?(東洋経済オンライン)
42 分前

「大食い」を見せ物にするYouTube動画に厳しい視線が向けられるようになっている。韓国では今年9月、モッパン(食べる様子を見せる動画)系やダイエット系の一部のクリエイターが、YouTubeで広告収益の停止措置を受けたことが相次いで報じられた。背景には、YouTubeの摂食障害に関する広告掲載基準が、過去の動画も含めて厳しく適用されるようになったことがある。
「たくさん食べる動画」そのものを一律に禁止しているわけではないが、YouTubeの広告掲載に適したコンテンツに関するガイドラインでは、摂食障害を「物議を醸す問題」の一つとして扱っている。そこでは、過食行為だけでなく、食べ物を隠したり、ため込んだりする行為、嘔吐、下剤の乱用、極端な体重減少など、視聴者にとって「きっかけとなったり、模倣されたりする可能性のある表現」が具体的に示されている。
2023年9月の改定では、摂食障害に焦点を当て、過食や食べ物を隠す・ため込む行為などを具体的に示すコンテンツについて、広告収益を得られないことが明確にされ、今年1月の改定でもこの方針は維持されている。
■「不快」を超えた問題
問題は単に「大食い動画を見て不快に感じる人がいる」ということではない。大量の食べ物を短時間に口へ運ぶ、限界まで食べ続けるといった行為を繰り返し映像で見せ、それが「すごい」「面白い」と評価され、さらに発信者の収入につながる。そのことが、過食や摂食障害に悩む人、あるいは影響を受けやすい若年層にどのような影響を及ぼすのかという問題である。
もちろん、摂食障害は複雑な要因によって生じるものであり、大食い動画を見たから摂食障害になるという単純な因果関係を論じるべきではない。しかし、だからといって、過食を連想させるような大食いを刺激的な娯楽として繰り返し提示することの影響を考えなくてよいということでもない。
韓国を代表する大食いYouTuberで、チャンネル登録者数約1350万人のTzuyang(ツヤン)も、この問題が注目される中、「これからは適量を食べるYouTuberになろうと思う」という趣旨の発言をしたと報じられている。
ここで考えたいのは、再生回数が広告収入につながる仕組みの下では、人々が驚き、怒り、不快に思う行為であっても、注目を集めれば再生回数になるということである。いわゆる「迷惑系YouTuber」の問題である。
25年4月には、中国版TikTok(抖音)で約430万人のフォロワーを持つ大食い系インフルエンサーが、日本の海鮮ビュッフェを訪れ、刺身などの食材を他の客が取れないほど大量に取り、日本人を侮蔑する言葉を口にした動画が、日本と中国の双方で批判を浴びた。
「食べ放題」である以上、店が定めたルールの範囲内で多く食べること自体が直ちに問題になるわけではない。問題は、大量に取る、大量に食べるという行為そのものが、視聴者を驚かせ、再生回数を稼ぐための「見せ場」になっていくことである。
■食べ放題という語感の問題
日本では「食べ放題」という言葉がごく普通に使われている。しかし、この言葉について一度考えてみてもよいのではないか。英語では「食べ放題」を「all-you-can-eat」という。一方、「buffet」は本来、自分で料理を選んで取る食事形式を表し、必ずしも食べ放題を意味しない。中国語の「自助餐」も、セルフサービス形式の食事という意味合いが強い。これに対して日本語の「食べ放題」は、「どれだけ食べてもよい」という量の無制限性を強く意識させる。
「食べ放題では元を取らなければ損だ」という言葉もよく聞く。何皿食べれば元が取れるか、どういう順番で食べればより多く食べられるか、原価の高い料理から取ったほうが得だ――。しかし、食事とは本来「元を取る」ためにするものなのだろうか。
大食いを娯楽として提供しているのはYouTubeだけではない。テレビなど既存のメディアも長年、大食いを人気企画として放送してきた。
例えば、日本テレビ系「有吉ゼミ」では、大食い企画が長年放送されている。26年5月11日の放送では、3.2キロを超える「ギガ盛りジャンバラヤ」、3.3キロを超える「ギガ盛りちゃんぽん」が登場した。「爆食」「ギガ盛り」といった言葉そのものが、料理の量を娯楽として演出している。
「デカ盛り」から「ギガ盛り」へ――。視聴者を驚かせ続けるためには、「もっと大量に」が必要になる。これはYouTubeで再生回数を競う大食い動画と共通する構造である。それを視聴率や広告収入につながるコンテンツとして提供するメディア側の姿勢が問われる。
食べ物は、テレビやYouTubeのために最初から存在する「小道具」ではない。その背後には農業があり、畜産があり、漁業があり、土地や水、エネルギーなどの自然資源があり、それを生産し、運び、調理する人々の労働がある。肉や魚であれば、食材となった動物の命を頂いていることも忘れてはならない。
大食い番組に対しては、「全部食べているのだから食品ロスではない」という反論もあるだろう。確かに、完食すれば食品廃棄という意味での食品ロスにはならない。しかし、それだけで問題を終わらせていいのだろうか。
人間が通常必要とする量を大幅に超える料理をわざわざ用意し、それをどれだけ食べられるかを競わせ、その映像によって視聴率や再生回数を得る。食べ残して捨てることとは違うとしても、食料や資源を大量に消費する行為そのものを娯楽化することについては、持続可能性という観点からも考えてみる必要がある。
韓国で表面化したYouTubeの収益化停止問題は、単なる「大食い動画の規制」という話ではない。限界まで食べる姿を娯楽として見せることが視聴者、とりわけ若年層や摂食障害などの影響を受けやすい人々にどのような影響を与えるのか。そして、再生回数や視聴率を求めるあまり、コンテンツをエスカレートさせていく社会を、どこまで許容するのかという問題でもある。
「全部食べれば問題ない」「見ていて面白ければよい」、あるいは「再生回数が多ければ成功」というだけでは済まされない。人の健康、他人への迷惑、食料や自然資源、そして食材となる動物の生命――。こうしたことにも思いを馳せるべきだろう。
本文の著作権はYahoo!ニュースにあります。