まさかの休止!運転手のいない「自動運転レベル4」先駆的だった永平寺町の事業が休止を決断したワケ(東洋経済オンライン)
43 分前

今年も、この季節がやってきた。曹洞宗大本山永平寺の約100人の役寮、雲衲衆(うんのうしゅう)による法要が行われた後、九頭竜川に数千基の灯籠が流された。
39回目を迎えた、福井県永平寺町大燈籠ながしのひと幕だ。
荘厳な雰囲気ではあるが、同町民を含めた近隣市町村の人たちにとっては、花火大会も併せて開催されることから夏の風物詩として定着しており、人々の温かな笑顔が広がる心落ち着く空間である。
そんな永平寺町が自動運転の町として全国に知られるようになったのは、この10年ほどのことだ。
今年も、この季節がやってきた。曹洞宗大本山永平寺の約100人の役寮、雲衲衆(うんのうしゅう)による法要が行われた後、九頭竜川に数千基の灯籠が流された。
39回目を迎えた、福井県永平寺町大燈籠ながしのひと幕だ。
荘厳な雰囲気ではあるが、同町民を含めた近隣市町村の人たちにとっては、花火大会も併せて開催されることから夏の風物詩として定着しており、人々の温かな笑顔が広がる心落ち着く空間である。
そんな永平寺町が自動運転の町として全国に知られるようになったのは、この10年ほどのことだ。
旧・京福電気鉄道永平寺線の路線跡地を活用した、全長約6kmの歩行者・自転車専用道の遊歩道「永平寺参(まい)ロード」に、電磁誘導線を埋設して自動運転の実証実験および社会実装を実施。
経済産業省の補助事業として、産業技術総合研究所、ヤマハ発動機、永平寺町、自動運転の運行業務を受託する「まちづくり株式会社ZENコネクト」などが連携する形で、運用されてきた。
道路交通法や道路運送車両法などの法改正、また住民の生活における社会受容性の観点から、関係各省庁による視察も数多く行われた。岸田文雄総理(当時)も雪が舞う中、永平寺町でレベル4自動運転を体験している。
そんな永平寺町でのレベル4自動運転が今年3月末で休止した。
理由について永平寺町の河合永充(かわいひさみつ)町長は、「車両やシステムの保証・保守期間が終了したためだ」と説明する。
■「移動」という生活に必要な要素
永平寺町が目指しているのは、住んでいる地域や年齢にかかわらず、生活に必要な移動ができる環境をつくること。
子どもの通学、高齢者の通院や買い物など、町民の移動をどう守っていくか。そのひとつの手段として、自動運転に取り組んできた経緯がある。
そのうえで「全国に先駆けてレベル4自動運転を実際の移動サービスとして運行できたことは、大きな経験になった。一方で、実際に運行したからこそ『クルマを自動で走らせること』と『公共交通として長く維持すること』は別の課題だということもわかった」と実感を込める。
自動運転の車両を走らせる技術だけではなく、保守体制、財源、運用主体、そして利用者と地域の理解まで含めて考える必要があるとし、現時点では運行再開の目処は立っていない。
では、自動運転の取り組みによって町に残ったものは何か。「車両や技術だけではない」と、河合町長は言い切る。
自動運転をきっかけに、地域の中で「自分たちの移動を将来どう守るか」を考える機会としてMaas会議を開催し、その中から発展してきた取り組みのひとつが「近助タクシー」である。
自動運転は「技術で移動を支える取り組み」である一方で、近助タクシーは町内4つのエリアに拡大し、地域住民がドライバーとなって地域の移動を支える取り組みでもあった。
「永平寺町としては、自動運転か人による運転かの二者択一ではなく、地域に合った方法を組み合わせていくことが大切だと考えている」(同)
■自動運転の普及で考えるべきこと
では、これまでの学びとして、自動運転を普及させるために必要なことは何か。
「車両を導入するだけではなく、保守、部品供給、システム更新、遠隔監視、車両更新など、長期的な費用と体制を最初から考える必要がある」(同)として、自治体だけで維持することには限界があり、国、自治体、事業者がどう役割や費用を分担するのかの検討が必要だと指摘する。
そして、「もうひとつ重要なのは、『自動運転をどこで走らせるか』を基点に考えるのではなく、『誰がどんな移動に困っているのか』から考えることだ」(同)という点だ。
高齢者の通院や買い物、学生の通学、駅までの移動、観光客の移動では、必要な交通手段が違う。自動運転が向いている場所もあれば、ドア・ツー・ドアの近助タクシーが向いている地域もある。
技術導入そのものを目的にせず、地域の移動課題を解決するための手段として選ぶことの重要性を強調した。
■「自動運転ありき」で考えてはいけない
こうした話を聞くと、至極当然なことだと感じる人も少なくないだろう。
だが、全国各地でこれまで行われてきた自動運転の社会実験や社会実装の多くが、結果的に「自動運転ありき」となり、人々の生活における出口戦略を検証できないまま姿を消してきた。
その中で、永平寺町の自動運転は「自動運転の必要性」について自治体と住民が真正面から取り組み続けた、数少ないケースだと言える。
一方、技術面では「軌道を通行することが前提」の電磁誘導線方式について、時代遅れだという見方がある。
ただし、永平寺町の事例はそもそも、産業技術総合研究所はあえて「枯れた技術」と称して、コストを抑えた自動運転の社会実装を目指して電磁誘導線方式を活用してきたという経緯だ。
そのうえで、道路交通法や道路運送車両法等の一部法改正に向けたテストベッドとして重要な役割を果たしたと言える。
いずれにしても、自動運転の社会実装で最も重要なことは「社会受容性」である。
言い換えれば地域住民や関連する事業者が「自動運転が本当に必要だ」と感じ、それを継続的に運用できる事業として成立させることだ。
自動運転は、地域交通にとっての「打ち出の小槌」ではない。あくまでも、地域交通の「手段のひとつ」にすぎない。
これは、例えウェイモ、日産・ウーバー・ウェイブ、そしてテスラなど最新のE2E(エンド・トゥ・エンド)AIベースの自動運転が今後、ビジネスモデルとして社会実装されたとしても、同じことだ。
「いつ」「どこで」「誰のために」「なぜ」自動運転が必要なのか。そして、それを持続的にマネタイズすることができるのか。
永平寺町の人々の試みは、日本における自動運転の今後を考えるうえでの試金石となったことは間違いない。
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