東大生334人に聞いた家庭の教育方針「学業最優先」はわずか16.5%? 最も多かった「〇〇」のためにできること(東洋経済オンライン)
48 分前

334人の東大生アンケートで、家庭の教育方針として最も多かったのは「学業最優先」ではなく「自主性の尊重」だったという結果が明らかになった。書籍『勉強が面白くなった瞬間』を9月に上梓し「学びの楽しさ」を説く東大カルペディエム代表・西岡壱誠氏が、アンケートをもとに「言われてやる勉強」と「自分からやる勉強」の違いについて真剣に考えた結果、辿り着いた答えとは?
「東大生の親は、子どもに『勉強しなさい』と言わない」
そんな話を聞いたことがある方は多いと思います。教育関係の本や記事でもよく取り上げられるので、「本当なのだろうか」と感じている方もいるでしょう。
実は、僕たちが東大生を対象に行ったアンケートでも、それに近い傾向が見えてきました。
東大生の家庭で最も多かった教育方針は、「学業を最優先にすること」ではありませんでした。「自主性や自由を尊重すること」だったのです。
■自分で考えて行動できる環境はあるか?
もちろん、この結果だけで「親が勉強しなさいと言わなかったから東大に合格した」と結論づけることはできません。
ただ、東大生の多くが、親から厳しく勉強を強いられるよりも、自分で考えて行動する余地のある環境で育ってきたことは見えてきます。
なぜ、子どもの自主性を尊重することが、結果として学力の伸びにつながるのでしょうか。
今回は、アンケートの結果を紹介しながら、「言われてやる勉強」と「自分からやる勉強」の違いについて考えてみたいと思います。
弊社では、現役の東大生・東大院生500人以上が登録する「東大生アンケート」というアプリを運営しています。毎月、勉強法や進路、家庭環境など、さまざまなテーマでアンケートを行っています。
■「学業最優先」は全体の6分の1だった
今回紹介するのは、現役東大生・東大院生334人が回答したウェルカムアンケートです(回答期間は2026年4月1日から9月1日まで)。
まず、「ご家庭の教育方針に最も近いものは?」と尋ねた結果がこちらです。
自主性・自由を尊重していた
特に明確な方針は感じなかった
学業を最優先に重視していた
努力や継続する姿勢を重視していた
礼儀・人格形成を重視していた
※割合は小数点第2位を四捨五入しているため、合計が100%にならない場合があります。
最も多かったのは、「自主性・自由を尊重していた」の42.2%でした。一方、「学業を最優先に重視していた」は16.5%。全体の約6分の1にとどまっています。
「東大生の家庭なのだから、さぞ勉強に厳しかったのだろう」と想像する人も多いかもしれません。
しかし実際には、「学業最優先」だった家庭よりも、「自主性や自由を尊重していた」家庭のほうが2倍以上多かったのです。
続いて、「保護者のしつけ・接し方の印象は?」という質問への回答を見てみましょう。
どちらともいえない
とても優しかった
とても厳しかった
「とても優しかった」と「やや優しかった」を合わせると132人で、39.5%です。
一方、「とても厳しかった」と「やや厳しかった」の合計は96人、28.7%でした。「とても厳しかった」と答えた人に限れば、わずか5.7%です。
このアンケートでは、「勉強しなさいと言われたか」を直接尋ねているわけではありません。
また、東大生本人が振り返って答えた調査なので、親の認識とは異なる可能性もあります。
それでも、少なくとも「東大生は、親から厳しく勉強を強いられて育った人ばかり」というイメージは、実態とは少し違うようです。
しかし、ここで疑問が生まれます。
何も言わなければゲームや動画に夢中になってしまう子でも、親が「勉強しなさい」と言えば、とりあえず机には向かうでしょう。
短期的に見れば、「勉強しなさい」と言うことには効果があります。今日の勉強時間を30分増やしたいだけなら、言ったほうが早いことも多いと思います。
問題は、その働きかけを続けたときです。
親に言われて勉強することが当たり前になると、子どもの中で、勉強する理由が少しずつ変わっていきます。
「わかるようになりたいから勉強する」のではなく、「親に怒られないために勉強する」。
「できなかった問題を解けるようにする」のではなく、「決められたページまで終わらせる」。
そうなると、勉強は「理解するための行為」ではなく、「親を納得させるための作業」になってしまいます。
ここに、「言われてやる勉強」と「自分からやる勉強」の大きな違いがあります。
■「学びのスイッチ」が入っているか
その違いを、僕は「学びのスイッチ」と呼んでいます。
これは単に、やる気があるかどうかという話ではありません。
「なぜこうなるのだろう」
「別の問題にも使えるのではないか」
「もっと覚えやすいやり方はないか」
そんなふうに、自分の頭で考えながら勉強できている状態のことです。
仕事に置き換えると、わかりやすいかもしれません。
上司から言われた仕事を、ただ「やらされている」と感じているときは、言われたことを言われたとおりにこなして終わりになりがちです。「もっとよくするにはどうすればいいか」と考えたり、新しいやり方を試したりする気には、なかなかなれません。
一方、自分が大切だと思っている仕事や、責任を持って取り組んでいる仕事であれば、細かいところにこだわります。誰に言われなくても工夫しますし、少しでもよくしようと考えます。
勉強も同じです。
自分から勉強に向き合っていると、世界史で学んだ知識が英語の長文を理解する助けになったり、数学で身につけた考え方が物理の問題につながったりすることに気づきます。
テストで点数が伸びなければ、「勉強時間が足りなかったのか」「覚え方が悪かったのか」「そもそも理解できていなかったのか」と、自分の勉強法を振り返るようにもなります。
こうした「つながりへの気づき」や「勉強法の工夫」は、勉強を自分の問題として捉えているときに生まれやすいものです。
反対に、「言われたからやる」という状態では、意識が向くのは「あと何ページやれば終わるか」「何時まで机に向かえばいいか」ということになりがちです。
学びのスイッチが入っているかどうかとは、勉強を「自分ごと」として捉えられているかどうかなのです。
■同じ1時間でも、勉強の中身は変わる
勉強時間だけを見れば、どちらも同じ1時間かもしれません。
しかし、やらされている1時間では、「早く終わらせること」が目的になりがちです。問題を解き終えたら、それで勉強は終了です。
自分でやろうと決めた1時間では、「できるようになること」が目的になります。間違えた理由を考え、やり方を変え、次に同じ問題が出たときに解けるかを確かめます。
つまり、前者は「こなす1時間」であり、後者は「考える1時間」です。
この違いは、1日だけなら小さなものです。しかし、1カ月、1年と積み重なれば、大きな差になります。
勉強に対するオーナーシップ、つまり「これは自分の勉強だ」という感覚を持てるかどうか。それが、長期的な成績の伸び方を左右するのだと僕は考えています。
ここまで読むと、「では、親は一切口を出さず、子どもを放っておけばいいのか」と思う方もいるかもしれません。
もちろん、そうではありません。
自主性を尊重することと、放任することはまったく違います。
特に、まだ勉強の習慣ができていない子や、自分で予定を立てることが難しい子には、大人の支援が必要です。
ただし、親が勉強のハンドルをすべて奪うのではなく、子ども自身が選べる余地を残すことが大切です。
たとえば、「勉強しなさい」と命令する代わりに、
「今日は何を進める予定?」
「どこがいちばん難しそう?」
「何か手伝えることはある?」
まだ自分で計画を立てられないなら、「国語と算数、どちらから始める?」「夕食の前と後なら、どちらがやりやすい?」と、小さな選択肢を渡してもいいでしょう。
勉強するかどうかをすべて子ども任せにする必要はありません。親が枠組みを整え、その中で順番や方法を子ども自身に選ばせるのです。
こうした小さな選択の積み重ねが、「自分で決めた」「自分の勉強だ」という感覚を育てていきます。
東大生の家庭で「自主性・自由を尊重していた」という回答が最も多かったのは、親が教育に無関心だったからではないと思います。
■親が握るべきなのは、ハンドルではない
むしろ、勉強は最後には子ども自身がするものだとわかっていたからこそ、必要以上にハンドルを奪わなかったのではないでしょうか。
親が「勉強しなさい」と言えば、その日の勉強時間は増えるかもしれません。しかし、親がアクセルを踏み続けなければ動けない状態になれば、親がいなくなった瞬間に勉強も止まってしまいます。
本当に育てたいのは、親に言われなくても、自分で必要なことを考え、自分でアクセルを踏める力です。
「勉強しなさい」と言いたくなったときは、少しだけ立ち止まってみてください。
いま必要なのは、親が代わりにハンドルを握ることなのか。それとも、子どもが自分で運転できるように手助けすることなのか。
その問いを持つだけでも、子どもへの声のかけ方は変わってくるのではないかと思います。
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