「こんなの国の陰謀だ!」年金月24万円・貯蓄400万円の夫婦、72歳夫が年金事務所に怒鳴り込み。きっかけは〈9月に届いた年金機構からの通知〉…一転、役人の一言ですごすご帰宅したワケ【FPが解説】(THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン))
47 分前

地方で二人暮らしをしている佐藤正雄さん(72歳)と妻の恵子さん(仮名/69歳)。正雄さんは会社員として長年働き、現在は年金を受け取りながら、ときどき近所のコンビニや工場で単発のアルバイトをしています。
夫婦の年金は合わせて月約24万円で、内訳は正雄さんが月17万5,000円ほど、恵子さんが月6万5,000円ほどです。資産としては、二人が各自200万円ほどの生命保険に加入しているほか、現預金が約400万円。持ち家で住宅ローンも完済していますが、これから医療費や介護費、住宅の修繕などまとまった支出が発生する可能性を考えれば、決して余裕のある老後とはいえません。
そんなある日、年金の入金額や通知書を確認していた正雄さんは、ふと疑問を抱きました。
「なんだこれ……税金、こんなに引かれてたのか?」
以前より所得税の負担が増えているように見えます。気になった正雄さんは、最近使いはじめたAIに質問してみました。
「年金から税金がたくさん引かれているんだけど、どうして?」
AIとのやりとりを続けているうちに、前年の9月ごろ、日本年金機構から届いていた書類のことを思い出しました。
「公的年金等の受給者の扶養親族等申告書」
確かにそんな書類が届いていました。しかし、なにやら難しそうなことが細かい文字で書かれていて、正雄さんは、「また年金の案内か」と、よく確認しないまま引き出しにしまっていたのです。
慌てて書類を探し出し、再びAIに質問します。
「これを出さなかったから税金が増えたのか?」
すると、配偶者控除などが源泉徴収に反映されず、税金が多く引かれる場合があるという回答が出てきました。さらに、正雄さんは条件を入力しながら、「俺はいくら損したんだ?」と質問します。
画面には、年間で数万円程度の差が生じる可能性がある旨が表示されました。AIが示した数字は正雄さんの収入や控除をすべて正確に把握して計算した税額ではありません。しかし正雄さんには、そんなことは頭に入りませんでした。
「冗談じゃないぞ!」
突然大きな声を出した夫に、恵子さんが驚きます。
「どうしたの?」
「この紙を出さなかったから、税金を余計に取られてるらしいぞ!」
正雄さんは激怒しています。
「そんなに大事な書類なら、もっとわかりやすく書けよ。年寄りにこんなのわかるわけないだろ!」
そして翌日、問題の申告書を手に、正雄さんは年金事務所へ向かいました。
年金事務所の窓口で順番が来ると、正雄さんは興奮気味に職員へ訴えました。
「この書類を出さなかったら、税金が余計に引かれるって聞いたんだけどさ」
職員は申告書を確認しながら、公的年金が一定額以上になると所得税の源泉徴収対象になる仕組みを説明します。配偶者控除や扶養控除、障害者控除などに該当する場合、「扶養親族等申告書」を提出することで、それらを反映して源泉徴収税額を計算するため、提出が必要になるのだということを伝えました。
しかし、正雄さんは余計に苛立ちます。
「書類を1枚忘れただけで、勝手に税金を多く引くなんておかしいだろ! 大体、書いてあることがわかりにくいんだよ! お前ら役人は俺たちに年金を払いたくないからわざとわかりにくくしてるんだろ! こんなの国の陰謀だ!」
もちろん年金事務所の職員が年金を減らすために制度を複雑にしているわけではありませんが、「損をさせられた」と思い込む正雄さんの耳には届きません。激しいやりとりが続くなか、別の職員が声をかけてきました。
「あの、ちょっとよろしいですか? 書類を出し忘れたからといって、その税金がすべて戻ってこないというわけではありませんよ」
どういうことかと、ようやく正雄さんは耳を傾けます。職員は次のように説明を続けました。
「期限を過ぎていても、扶養親族等申告書を提出していただければ年の最初の年金のお支払いまで遡って源泉徴収税額を調整することもできます。また、最終的に本来納める税額より多く所得税を納めていた場合には、確定申告をすることで精算し、還付を受けられる場合があります」
拍子抜けした正雄さんの勢いが、少し衰えました。職員はさらに、税務署へ相談すれば確定申告の手続きについて案内してもらえる旨も付け加えます。しかし、ここまで怒鳴ってしまった正雄さんは、振り上げた拳を急には下ろせません。
「そんな面倒なこと、いちいちやってられないだろ! そもそも、なんで年金から税金なんて引くんだよ!」
不満を漏らしつつも、職員になだめられた正雄さんは先ほどまでの威勢を失ったまま年金事務所をあとにしました。
帰宅すると、恵子さんが「それで、どうだったの?」と尋ねてきます。正雄さんは気まずそうな表情を浮かべて答えました。
「……払い過ぎてたら、返してもらえるらしい」
それを聞いた恵子さんは、「恥ずかしいからやめてよね……」といいます。
どうやら妻の一言のほうが、年金事務所の説明よりも胸に堪えたようでした。
公的年金の制度は、所得税や住民税、各種控除が絡み合うため「なにがどうなっているのか理解できない」と感じる人は少なくありません。正雄さんのように「国がわざと難しくしているのではないか」と疑ってしまうケースも見受けられます。ここで一度、制度の正しい仕組みを整理しておきましょう。
老齢年金などは、一定額以上になると所得税の源泉徴収の対象になります。日本年金機構によると、2026年分は、65歳以上の場合、年間の年金額が205万円以上、65歳未満では155万円以上の人が所得税の源泉徴収対象です。
そこで関係してくるのが、「公的年金等の受給者の扶養親族等申告書」です。これは、年金から所得税を源泉徴収する際に、配偶者控除、扶養控除、障害者控除などの人的控除を反映してもらうための書類です。提出先は税務署ではなく、年金の支払者。日本年金機構から年金を受け取っている場合には、日本年金機構へ提出します。
ちなみに、2027年分の申告書は2026年9月7日から対象者へ順次送付されています。2027年分からは送付対象が拡大され、65歳以上では年金額148万円以上など、住民税の課税対象となり得る人にも案内されるようになりました。「うちにも届いていたような……」という人は、一度確認してみてください。
誤解されやすいところですが、扶養親族等申告書を提出しなかったからといって、提出した人より高い税金を払わなければならないわけではありません。
日本年金機構によれば、未提出でも基礎控除は源泉徴収の計算に反映されます。一方、配偶者控除や障害者控除などに該当する人が申告書を提出しなければ、それらが反映されないため、結果として所得税や住民税が多く徴収される場合も。つまり、「申告書を出さなかった罰として税金を取られている」のではないのです。源泉徴収の段階で、日本年金機構が把握できていない控除を反映できないため、その分の税額が多くなっているということです。
今回の正雄さんの場合、妻の恵子さんが所得要件などを満たしていれば、配偶者控除などが関係してきます。仮に38万円の所得控除が源泉徴収に反映されず、5.105%の税率で単純計算すると、その差は年間約1万9,000円です。控除される金額はその他の条件によっても異なり、AIに概算を尋ねることはできても、その数字だけで自分の最終的な税額だと判断するのは危険でしょう。
そして最も重要なポイントは、「提出期限を過ぎても救済策がある」という点。期限後であっても申告書を提出すれば、その年の最初の支払いに遡って税額が再計算されます。また、最終的な源泉徴収額が本来の税額より多ければ、確定申告を行うことで還付を受けられる場合があります。
公的年金等の収入が400万円以下で、それ以外の所得が20万円以下などの条件を満たす人には「確定申告不要制度」もありますが、申告義務がなくても、払い過ぎた所得税の還付を受けるために確定申告することは可能です。
なお、正雄さんのようにアルバイト収入がある場合は、その所得額などによって確定申告が必要になることもあります。還付申告をする場合には、年金だけを切り離すのではなく、給与などほかの所得も含めて申告しなければなりません。
公的年金は、受給が始まればなにもしなくても同じ金額が振り込まれ続けるものではありません。税金や社会保険料が差し引かれ、家族構成や所得、各種控除によって手取り額が変わることがあります。そして、扶養親族等申告書も、その税額を正しく計算するために必要となる書類の一つです。
年金や税金について、「もっと簡単な制度にできないのか」「高齢者にもわかりやすい書類にしてほしい」という意見が出るのは当然の側面もあります。簡略化できるのであればそれに越したことはありません。実際、公的年金に税金、社会保険料、配偶者控除、扶養控除……と制度が重なれば、専門知識のない人にとって理解するのは簡単ではないでしょう。
一方で、正雄さんには、「多く引かれた税金は、もう戻ってこないのですか?」と確認することもできたはずです。日本年金機構では、扶養親族等申告書について問い合わせ窓口を設けていますし、2026年9月現在はマイナポータルとねんきんネットを連携すれば、スマートフォンやパソコンから電子申請することもできます。
税金についてわからないことがあれば、確定申告の際にやり方を教えてもらいながら行うなど、税務署に相談することもできます。
制度が複雑だからこそ、わからないまま放置したり、ネットやAIで見つけた情報だけを頼りに「損をさせられた」と決めつけたりせず、関係機関に確認することが大切です。
制度を覚えておく必要はありませんが、今回のように不安になったときやわからないとき、「どこへ聞けばいいのか」を知っておくことも、大切な金融リテラシーの一つです。
ファイナンシャルプランナー
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