誰も取り残さないデジタル社会(上):ウェブアクセシビリティは「配慮」ではなく基盤だ(オルタナ)
40 分前

高齢化とオンライン化が進む日本社会において、ウェブアクセシビリティはもはや一部の人への配慮ではなく、社会基盤だ。視力の低下など、目が不自由になると、スクリーンリーダー利用時に「デジタルの壁」に直面する。世界最大級のソフトウェア開発プラットフォームのGitHubで、自身も目が不自由な当事者としてアクセシビリティ責任者を務めるエド・サマーズ氏に寄稿してもらった。(オルタナ編集部)
私はエド・サマーズです。ソフトウェアエンジニアであり、発明家です。アクセシビリティを備えた、世界初のデジタル天文学教科書の共同執筆に携わったこともあります。そして――私は目が見えません。
現在、私はGitHubでアクセシビリティ責任者を務めています。
毎日、多くの人とは異なる方法でインターネットにアクセスしています。ウェブサイトを利用するときは「スクリーンリーダー」という、画面上のテキストやボタンを読みあげるソフトウェアを使います。サイトが適切に設計されていれば、必要な情報にたどり着き、とてもスムーズに作業を行うことができます。
しかし、そうでない場合、壁にぶつかります。説明のない画像、ラベルのないボタン、キーボードでは入力できないフォーム。たったひとつの要素が欠けるだけで、サービス全体を利用できなくなることもあります。
私がウェブサイトを使えない原因は、私が視覚障がい者であることにあるのではありません。スクリーンリーダーで利用できるように設計されていないこと、つまり社会の側につくられた壁にあります。
これは私だけが直面している問題ではありません。日本で暮らす、多くの方にも当てはまると考えられます。
内閣府「令和8年版 障害者白書」によると、日本では身体・知的・精神の各障がいに関する人数を合わせると、延べ1100万人を超え、その数は全体として増加傾向にあります。身体障がいでは、肢体不自由が最も多く、外出に負担を感じる人にとって、オンラインで完結できるサービスは社会参加を支える重要な手段です。
視覚障がい者数そのものは大きく増加していませんが、緑内障や加齢黄斑変性など、年齢とともにリスクが高まる疾患によって見えにくさが進むことがあります。加齢による視力の変化は誰にでも起こりえます。
年齢別では、在宅の身体障がい者のうち、65歳以上が占める割合が71.2% となっています。アクセシビリティは「一部の人への特別な配慮」ではなく、日本の高齢社会を支え、誰もが必要なサービスにアクセスできるようにする、デジタル社会の基盤です。
高齢者のなかにはデジタルツールに苦手意識を持つ人もいます。しかし、アクセシビリティに配慮して設計されたテクノロジーには、加齢による制限を押し戻す力があります。文字を拡大する。文章を読みあげる。声で家電を操作する。こうしたデジタルツールが提供する機能は誰かに頼まなくても、自分自身でできることを増やしてくれます。それは本人の自立だけでなく、支える家族の負担を軽くすることにもつながります。
オンラインサービスは暮らしを便利にしてくれます。いまではショッピング、銀行サービス、診療予約、就職活動、行政手続きなど、日常生活に欠かせないあらゆるサービスが急速にオンラインへと移行しています。
ただし、それらが誰もが使えるものでなければ、せっかくの利便性は新しい格差に変わってしまいます。だからこそ、ウェブアクセシビリティは年齢、障がいの有無、利用環境にかかわらず、誰もが情報やサービスを利用できるようにするための取り組みとなります。それは、デジタル化の恩恵を公平に届けるための条件でもあります。
ウェブアクセシビリティに取り組む非営利団体WebAIM(ウェブ・エイム)は毎年、世界の上位100万サイトのホームページを分析しています。2026年版のレポートによると、自動検出できる範囲だけでも、1ページあたりのアクセシビリティエラーは世界平均で56.1件でした。日本語ページ全体では平均62.2件、.jpドメインに限れば平均57.3件で、日本のサイトでは、1ページあたりの検出エラー数が世界平均をやや上回りました。
こうしたアクセシビリティのエラーは、利用する人にとっては決定的な壁になりえます。記事が読めない。商品が買えない。求人に応募できない。行政手続きが完了できない。そうした場面に遭遇してしまうのです。デジタル上の小さな不備が、学び、働く、暮らすという選択肢を奪ってしまうのです。
日本でも2024年4月、改正障害者差別解消法の施行により、民間事業者にも合理的配慮の提供が義務化されました。例えば「この書類が読めない」と申し出があったとき、過重な負担にならない範囲で、読みあげなどの代替手段を用意するといったことです。
一方で、より望ましいのは、ウェブサイトやアプリを、はじめからより多くの人が使えるように設計することです。スクリーンリーダーで読みあげられるような構造にする。画像には代替テキストを添える。ボタンにラベルを付与する。こうした環境整備があれば、利用時に困難を感じる人や、その都度個別に対応する必要性がなくなります。ウェブアクセシビリティは、そうした取り組みです。
障がいがあるから能力を発揮できないのではありません。社会の仕組みのなかに、能力を発揮することを妨げる壁があるだけです。社会参加を妨げる壁さえ取り除けば、力を発揮できる人が多くいます。
日本には、その壁をテクノロジーで取り払う素晴らしい実践がいくつもあります。たとえば、外出が難しい方々のための分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」です。OriHimeを遠隔操作して接客するカフェやガイドツアーが展開されています。外出が困難な人が分身ロボットを通じて自宅からお客さまとコミュニケーションし、働くことができるのです。
さらに日本には、壁を壊し、道を開拓してきた人がいます。日本科学未来館館長であり、慶應義塾大学 特任教授も務める浅川智恵子さんは、14歳で視力を失った後、目が見えなくてもウェブの情報にたどり着けるよう、音声ブラウザの開発に取り組みました。私が毎日使っているスクリーンリーダーも、浅川さんのような先駆者が切り拓いた道の先にあります。
社会の側にある壁は、テクノロジーと設計によって取り除くことができます。私たちがつくるウェブも同じです。
ウェブ上の壁は、サービスが公開された後に突然生まれるものではありません。企画、設計、コーディング、テストという開発の各段階でアクセシビリティが見落とされることで、意図せず生まれていきます。逆に言えば、開発の早い段階からアクセシビリティを考慮すれば、多くの壁は生まれる前に取り除くことができます。
世界中の開発者が利用するGitHubでアクセシビリティに取り組む私が重視しているのも、この点です。アクセシビリティは、一部の専門家だけに任せるものではありません。ソフトウェアをつくるすべての人が、品質やセキュリティと同じように向き合うべきテーマです。
そして、その設計を決める企業には大きな役割があります。次回は、アクセシビリティを企業経営にどう位置付け、企業がなぜ、どのようにアクセシビリティに取り組むべきなのかを、皆さんと一緒に考えたいと思います。
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