宇野千代の父は死の直前、包丁を振り回し大暴れ…それでも「ブラッサム」のモデルが幼少期を「幸福」と語ったワケ(プレジデントオンライン)
58 分前

NHK朝の連続テレビ小説「ブラッサム」では、渡部篤郎演じる主人公の父・清治の暴君ぶりが話題だ。ライターの市岡ひかりさんは「モデルとなった作家・宇野千代の実父はドラマ以上に破天荒だったようだ。だが、娘の宇野は、そんな父にどこか通じるものを抱いていた」という――。(文中敬称略)
■渡部篤郎演じるNHK朝ドラ史上“最狂”の父
もはや“朝ドラあるある”ともいえる「毒父」。今週から始まった作家・宇野千代の生涯をモデルにしたNHK連続テレビ小説『ブラッサム』にも、強烈な父が登場する。
これまで朝ドラでは、様々な毒父が登場した。『スカーレット』では、北村一輝が、借金を作っては酒を飲んで度々激高する上、娘の夢にも反対するという父・常治を演じた。また、朝ドラきっての毒父と言えば、何と言っても『おちょやん』のテルヲ(演・トータス松本)だろう。酒と賭博にのめり込み、借金のカタに娘を売り飛ばそうとした挙句、その後も再び現れて娘の通帳を奪う、歴代最悪のダメ父として朝ドラ史に刻まれている。
テルヲが歴代最悪なら、『ブラッサム』主人公・珠の父、清治は、歴代最“狂”の父かもしれない。放送初回から早速、馬を乗り回して登場し、自宅に着くやいなや、珠に大雨の中、はだしで鳥の餌を買いに行かせる破天荒エピソードが披露された。
また、2話でも、自分の羽織を用意できなかった珠を怒鳴り散らし、真っ暗な蔵に閉じ込める描写も。厳格なのか、単なる無頼なのか。どこか腹の底が読めない父を演じるのは、朝ドラ初出演の渡部篤郎だ。
NHK朝の連続テレビ小説「ブラッサム」では、渡部篤郎演じる主人公の父・清治の暴君ぶりが話題だ。ライターの市岡ひかりさんは「モデルとなった作家・宇野千代の実父はドラマ以上に破天荒だったようだ。だが、娘の宇野は、そんな父にどこか通じるものを抱いていた」という――。(文中敬称略)
■渡部篤郎演じるNHK朝ドラ史上“最狂”の父
もはや“朝ドラあるある”ともいえる「毒父」。今週から始まった作家・宇野千代の生涯をモデルにしたNHK連続テレビ小説『ブラッサム』にも、強烈な父が登場する。
これまで朝ドラでは、様々な毒父が登場した。『スカーレット』では、北村一輝が、借金を作っては酒を飲んで度々激高する上、娘の夢にも反対するという父・常治を演じた。また、朝ドラきっての毒父と言えば、何と言っても『おちょやん』のテルヲ(演・トータス松本)だろう。酒と賭博にのめり込み、借金のカタに娘を売り飛ばそうとした挙句、その後も再び現れて娘の通帳を奪う、歴代最悪のダメ父として朝ドラ史に刻まれている。
テルヲが歴代最悪なら、『ブラッサム』主人公・珠の父、清治は、歴代最“狂”の父かもしれない。放送初回から早速、馬を乗り回して登場し、自宅に着くやいなや、珠に大雨の中、はだしで鳥の餌を買いに行かせる破天荒エピソードが披露された。
また、2話でも、自分の羽織を用意できなかった珠を怒鳴り散らし、真っ暗な蔵に閉じ込める描写も。厳格なのか、単なる無頼なのか。どこか腹の底が読めない父を演じるのは、朝ドラ初出演の渡部篤郎だ。
■「ネットで炎上しようが構いません」
渡部と言えば、奇しくも今話題のNetflixドラマ『ダウンタイム』で、笑顔を絶やさぬまま娘を追い詰める美容外科医役を演じている。『ブラッサム』の清治はうってかわってニコリともしないが、どちらも本心が読めない人物を巧みに演じ切っている。
NHK出版から出ている『ブラッサム』公式ガイドブックのインタビューでも、渡部は「清治がネットで炎上しようが構いません。『渡部篤郎がひどいおやじを演じた』と悪く言われてもいいと、腹をくくって今作に挑みました」と、強い意気込みを明かしている。
史実上の宇野千代の父・俊次も強烈な人だった。宇野自身が著書『生きて行く私』の中で父を「バルザックかドストエフスキーの小説の中にしか出てこないような、一種の奇人、乃至は狂人だったと思う」と語っている。
放蕩無頼の自由人で、長い間家を持たずに放浪生活を送った。定職に就かず、博打を好み、家の中では時計の間と呼ばれる家の内外が見渡せる部屋に、唇を固く結んで座っていたそうだ。
家の中では父の命令は絶対であり、宇野は幼いころ、学校から帰宅後自由に外出することも許されなかった。しかし、『ブラッサム』で、珠が閉じ込められた蔵で雑誌を読みふけり、むしろその時間を謳歌していたように、宇野自身も日々の中に楽しみを見つけていたようだ。
■無頼な父と私は似ている
俊次には、数々の逸話が残っている。ある時、通っていた花街の料亭で、料理番とはかって、客の吸い物椀の中にかえりたてのひよこを入れたことがあったという。家では無口な俊次だったが、花街ではひょうきんな遊び人として通っていたようだ。
そんな型破りの父を、家族がやっかいもののように扱っていたかといえば、そうではない。俊次との関係に疲れ、実家に逃げ帰ったことがある宇野の継母・リュウさえ、俊次の伝説をどこか自慢げに語っていたという。
父に何かを質問することさえ許されない空気で過ごしていた宇野。俊次自身も無口であったため、父娘が交わした言葉は多くはなかったはずだ。しかし宇野は、父にどこか自分と似たものを感じていたようだ。
俊次は、賭博で警察に検挙されたことがあったが、これについて宇野は著書『生きて行く私』(角川文庫)で以下のように語っている。
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「父はその若かった頃から、自分のしたいと思ったことは何でもしたと思う。父にとって、これはしてはならない、と言うことは、何もなかったように見えたと言う。
ここまで書いて来て、おや、この父のことは凡て、この私のことではなかったかと、思わず私はぎょっとした。私も賭事が好きで、そして、若い頃から自分のしたいと思うことは何でもした。無頼な父の性質をそのままに受け継いで生きて来たのであった。」
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■死の直前、包丁を持ちだし大暴れ
生涯4度の離婚を経験するなど、恋も仕事も自由に謳歌してきた宇野の原点には、そんな父由来の気質もあるのではないか。そして宇野は、年齢を重ねるにつれ、そんな父をどこか誇らしく感じるようになったようにも思える。それは、父の最期を綴った文章からも読み取れる。
父は亡くなる3日前、大雪の中、台所にあった出刃包丁を持ち出し、外に出ていくやいなや「寄るな、寄って怪我するな、寄るとどいつもぶった切るぞう」と包丁を振り回したという。雪の上には、父の裾から汚物が流れていたそうだ。近所の人が父を担いで家に連れ帰るときは、父はだらりと両手を下げ、宇野の目にはすでに「生きているものとは思えなかった」という。
これだけ読めば壮絶な最期の記録である。しかし、宇野は先述の著書の中で、父の思いを以下のように代弁する。
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「私は父に代わって、あの瞬間の父を語ってやりたいのである。これは決して、自分の父に対する身びいきではなく、父そのもののあの瞬間の叫びだと言う気がした。父はあの瞬間に、あの刃物で自分の体を傷つけたかったのか。あのときの言葉通りに、寄って来る人をぶった切りたかったのか、いや、いや、そうではない。
あの死の直前の狂気の瞬間に、父はこう言いたかったのではなかったかと、いま、八十四歳になった私は、まるでこの耳で聞いたことのように、父の胸の中が、はっきりと分かるような気がするのであった。
『俺はいま死ぬ。この放蕩無頼の一生を、いま、この瞬間に、出来ることなら始めからやり直したい。人の世に定められた真っとうな生活を、もし出来ることなら、始めから踏み直したい』と絶叫しているのではなかったかと言うことが、はっきりと分かるような気がするのであった。」
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■決して自分は不幸な子供ではなかった
破天荒な父に、どこか通じるものを抱いていた宇野。はたから見れば、そんな父のいる家庭は決して恵まれた環境とは言えなかっただろう。しかし、興味深いのは、宇野自身が自らの幼少期を「不幸だった」とは捉えていないことだ。むしろ彼女は、その環境の中で見つけた小さな幸福を、晩年まで鮮明に覚えていた。
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「子供の頃の私は、決して自分のことを、不幸な子供である、などとは思っていなかった。
そう言う家庭の中であっても、やはり子供らしい希望だとか、子供らしい喜びだとかがあって、そう言う家庭の子供なりに、やはり幸福を知っていたように思う。人の眼から見て、子供の頃の私が、どんなに悲惨なものであったとしても、それは私自身には関係がなかった。
却って、人の眼から見て不幸な境遇であっただけに、不幸に対しては鈍感であり、幸福に対しては感じ易い、――そう言う感じ方で、幸福を知っていたように思う。」(『生きて行く私』)
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■単なる「毒父と娘」では終わらない
この幸せに対する感じ方こそ、98歳まで現役を貫いた宇野の原動力だったようだ。晩年の著書『98歳ポジティブ人生のコツ「いつだって今が最高!」』(WAVE出版)でも、宇野は以下のように語っている。
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「私は、勿論不幸は好きではない。しかし、正確に言うと、自分を不幸だと思うことの方が、もっと好きではない。」
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『ブラッサム』でも、岩国を訪れた80代の珠(演・加賀まりこ)が「先生、今のご気分は」とたずねられ「最高です!」と応えるシーンがあるが、これは実際に宇野がよく語っていた言葉だ。入院中ですら、答えは同じだったそうだ。どんな境遇にあっても、楽しみを見つけ、人生を謳歌する原点が、父と過ごした幼少期にあったのだ。
朝ドラでは、どんな毒父であれ、不器用ながら娘に対する愛情を示し、それが主人公の生き方に少なからず影響を与えるというのが見どころの一つでもある。冒頭紹介した常治(『スカーレット』)やテルヲ(『おちょやん』)もそうだった。
『ブラッサム』では、清治は今のところ腹の読めない恐ろしい父だが、史実を見る限り、これからの珠の人生に大きな影響を与えることは間違いない。単なる「毒父と娘」では終わらない、型破りな父娘がどう描かれるのか、注目したい。
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市岡 ひかり(いちおか ひかり)
時事通信社記者、宣伝会議「広報会議」編集部(編集兼ライター)、朝日新聞出版AERA編集部を経てフリーに。
AERA、CHANTOWEB、文春オンライン、東洋経済オンラインなどで執筆。2児の母。
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