【闘病】“かなり初期”の『乳がん』でも抗がん剤と放射線25回 42歳2児の母が流した涙(メディカルドック)
51 分前

早田さんの左胸に乳がんが見つかったのは、2023年、42歳のときでした。きっかけは、毎年欠かさず受けていた乳がん検診です。超音波(エコー)検査の最中に技師が異変に気付き、その後の検査で浸潤性乳管がん(しんじゅんせいにゅうかんがん/乳管にできたがんが、その壁を破って周りの組織に広がったタイプ)と診断されました。
腫瘍の大きさは18mmで、進行はかなり初期の段階でした。2種類の抗がん剤で腫瘍を小さくしたあとに部分切除(乳房の一部だけを切除し、乳房を残す手術)の手術を受け、術後は放射線治療も続けました。
抗がん剤の副作用に涙する日々を乗り越え、体力も戻って復職した早田さんに、発覚から診断、治療、現在に至るまでの経緯を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年5月取材。
山口県在住で2児の母、職業は受付事務。2023年、42歳の冬に、毎年受けていた乳がん検診で初期の乳がんが発覚。2種類の抗がん剤による治療を経て部分切除の手術を受け、その後は放射線治療に取り組む。現在は体力も戻り、仕事に復帰。日々の生活を笑顔で楽しんでいる。
乳がんが見つかったのは、何がきっかけだったのでしょうか?
毎年受けていた乳がん検診がきっかけでした。2023年に検診のはがきが届いたので、予約して受けに行ったんです。エコー検査を受けていると、技師が「ちょっと怪しいかも」と異変に気付き、医師に相談してくれました。
診断されたときは、どのようなお気持ちでしたか?
医師が「違うんじゃないかなあ」と言っていたので、私も「きっと違うだろう」と甘く考えていました。しかし、念のために受けた針生検(体から採った組織や細胞を調べる検査)で、まさかの陽性でした。その結果をひとごとのように聞いていましたが、ふと仕事と子どもたちのことが頭をよぎりました。
診断された乳がんは、どのようなタイプだったのでしょうか?
私の場合は左胸の浸潤性乳管がんで、腫瘍の大きさは18mm、HER2タイプ(HER2というタンパク質の刺激を受けて、がん細胞が増えるタイプの乳がん)と言われました。進行度は、かなり初期の段階だということでした。
家族にはどのように伝えましたか?
診断後、足のけがで入院していた夫の病院へすぐに向かいました。夫に会うなり、「どうしよう……」と泣きじゃくってしまいました。2人の娘には、それぞれ一対一で、ゆっくりと病気のことを伝えました。
診断後は、どのような治療を受けましたか?
まずは、2種類の抗がん剤を使った治療を受けました。1種類目は2週間に1回を4クール(投薬と休薬をひとまとまりとする治療の単位)、2種類目は3週間に1回を4クール投与して腫瘍を小さくしたあとに、部分切除の手術を受けました。リンパ節への転移はなく、術後は放射線治療をほぼ毎日、計25回受けました。
治療方針は、どのように決めましたか?
治療方針は主治医にお任せしました。抗がん剤治療と聞いて、「やはり髪の毛が抜けることが一番嫌だな」という気持ちが大きかったですね。実際、治療中に涙したのは、やはり抗がん剤の副作用のつらさでした。
その副作用では、具体的にどのような症状が表れたのでしょうか?
抗がん剤を投与してから1週間は、ずっと体調が悪くて寝込んでいました。発熱、肌荒れ、めまい、吐き気、味覚障害からの食欲不振、脱毛などの症状がありましたね。また、抜けたまつ毛が眼球に触れて、充血したこともありました。
治療中、心の支えになったものは何でしたか?
子どもが支えになってくれました。娘たちにつらそうな姿を見せるのは嫌でしたが、体調不良で寝ていると布団を掛けてくれて、その優しさが心に染みました。
治療を終えてから、体調はいかがですか?
治療後1年くらいは、体力が落ちて息切れや疲れやすさでつらかったのですが、現在はすっかり体力も戻り、体調もよくなりました。ただ、頭頂部の髪の毛がなかなか生えそろわないことや、眉毛が生えてこないことは今も悩みですね。
検診を迷っている人に伝えたいことはありますか?
私は毎年検診を受けていたことで、早期発見ができました。あのとき検診を受けていなかったらと思うと、怖くなります。腫瘍を見つけてもらえて、感謝しています。
同じように闘病している人には、どのような言葉を届けたいですか?
闘病中は、本当に苦しくてたまらないですよね。私はずっとカレンダーを見て、「あと何日したらまた抗がん剤だ、また体調ダウンの1週間が来る」と思っていました。だからこそ、体調が落ち着いているときは、楽しいことをたくさんしてください。
医療従事者に期待することはありますか?
私は抗がん剤の副作用でめまいがひどく、立てなかったり、動けなくなったりしました。副作用の出方は人によって違うものだと思うので、そのときにもう少し寄り添った対応があるとうれしいですね。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
がんが見つかってから、2年半がたちました。診断されたときのショックや、つらさ、痛みにたくさん涙しましたが、今はずいぶん回復しました。毎日の体調や気持ちを書いた日記と、たくさんの受診明細書が、頑張ってがんを乗り越えた証になっています。つらいときは、自分にしっかりご褒美をあげてください。
早田さんの乳がんは、毎年欠かさず受けていた検診がきっかけで、初期のうちに見つかりました。抗がん剤の副作用に涙する日々を経て、今は体力も戻り、仕事にも復帰しています。「あのとき検診を受けていなかったらと思うと、怖くなります」という早田さんの言葉にもあるように、自分の体を守るために、定期的に検診を受けることが大切です。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
【この記事の監修医師】
寺田 満雄 先生(名古屋市立大学病院乳腺外科)
2013年名古屋市立大学医学部卒。2017年愛知県がんセンター乳腺科部を経て、2019年より名古屋市立大学乳腺外科および名古屋大学分子細胞免疫学に所属。2020年より、より正確でわかりやすい乳がん情報を発信するために、「一般社団法人BC Tube」の立ち上げに携わり、同法人の理事となる。SNSを中心に乳がんに関する動画情報発信や乳がん啓発活動を行う。日本外科学会専門医、乳腺専門医。
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