メコン川の巨大魚、救出が92匹に急増 世界最大級の淡水魚は回復しているのか?(ナショナル ジオグラフィック日本版)
50 分前

カンボジア東部の都市、コンポンチャムでのこと。漁の最盛期である2026年1月上旬、チア・セイラ氏がメコン川沿いを車で北上していたところ、携帯電話が鳴った。ある漁師が、体重100キロ近いメコンオオナマズ(Pangasianodon gigas)を捕まえたという用件だった。メコン川の広大な流域の、車で数時間ほどかかる場所からかかってきたものだ。絶滅の危機にある巨大魚を救助するために結成された全国緊急対応チームの一員であるセイラ氏は、車をUターンさせた。
数時間後、セイラ氏と同僚は現場に到着し、近絶滅種(Critically Endangered)に指定されているそのメコンオオナマズを計測し、タグを付けた後、川に戻した。すると再び電話が鳴った。
今度は首都プノンペン近郊からだ。そこで漁師たちが、カンボジアの「魚の王」として知られ、同じく近絶滅種の体重約80キロのパーカーホ(Catlocarpio siamensis)を誤って捕獲していたのだ。再び緊急対応チームが動員され、ほどなくしてこの巨大魚も川へと戻された。
「かつて、巨大魚に関する報告が1件もなかった時期もありました」とセイラ氏は語る。「今では、電話がひっきりなしにかかってきます」
絶滅しつつあると考えられてきた種にとって、この急増は驚くべきことだ。かつてメコン川全域に豊富にいた巨大魚は、乱獲やダム建設、定期的な水位変動の乱れによって命を奪われてきた。6カ国にまたがり、世界最大の内陸漁業を支えるメコン川には、地球上のどの河川よりも多くの種の巨大魚が生息している。そのなかには体重が270キロを超えるものもいる。
だが、ここ数十年で、その数は激減した。
しかしカンボジアでは、自然保護活動家たちが粘り強く活動を続け、漁業コミュニティーや地方当局と緊密に連携し、メコン川流域での協力体制を強化してきた。2025年後半には、カンボジア全国を対象とするホットライン、「メコン・フィッシュ・アプリ」、専任の緊急対応チームによって、それまでは散発的だった救助活動が、全国規模の組織的な取り組みへと変貌を遂げた。
2025年11月中旬から2026年2月上旬にかけて、チームは誤って捕獲された大型魚92匹を生きたまま放流した。内訳はメコンオオナマズ24匹、パーカーホ23匹、タイガーバルブ(Probarbus jullieni)32匹、カイヤン(Pangasianodon hypophthalmus)13匹だ。
30年にわたってメコン川の魚を研究してきた、米ネバダ大学リノ校の魚類生物学者であり、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)であるゼブ・ホーガン氏にとって、この変化は驚くべきものだった。「長年、これらの種が絶滅に向かう様子を見守ってきた身としては、確認される数が減るどころか増えているのは、ほとんど想像もできなかったことです。しかし、それは現実であり、興奮しています」
カンボジア東部の都市、コンポンチャムでのこと。漁の最盛期である2026年1月上旬、チア・セイラ氏がメコン川沿いを車で北上していたところ、携帯電話が鳴った。ある漁師が、体重100キロ近いメコンオオナマズ(Pangasianodon gigas)を捕まえたという用件だった。メコン川の広大な流域の、車で数時間ほどかかる場所からかかってきたものだ。絶滅の危機にある巨大魚を救助するために結成された全国緊急対応チームの一員であるセイラ氏は、車をUターンさせた。
数時間後、セイラ氏と同僚は現場に到着し、近絶滅種(Critically Endangered)に指定されているそのメコンオオナマズを計測し、タグを付けた後、川に戻した。すると再び電話が鳴った。
今度は首都プノンペン近郊からだ。そこで漁師たちが、カンボジアの「魚の王」として知られ、同じく近絶滅種の体重約80キロのパーカーホ(Catlocarpio siamensis)を誤って捕獲していたのだ。再び緊急対応チームが動員され、ほどなくしてこの巨大魚も川へと戻された。
「かつて、巨大魚に関する報告が1件もなかった時期もありました」とセイラ氏は語る。「今では、電話がひっきりなしにかかってきます」
絶滅しつつあると考えられてきた種にとって、この急増は驚くべきことだ。かつてメコン川全域に豊富にいた巨大魚は、乱獲やダム建設、定期的な水位変動の乱れによって命を奪われてきた。6カ国にまたがり、世界最大の内陸漁業を支えるメコン川には、地球上のどの河川よりも多くの種の巨大魚が生息している。そのなかには体重が270キロを超えるものもいる。
だが、ここ数十年で、その数は激減した。
しかしカンボジアでは、自然保護活動家たちが粘り強く活動を続け、漁業コミュニティーや地方当局と緊密に連携し、メコン川流域での協力体制を強化してきた。2025年後半には、カンボジア全国を対象とするホットライン、「メコン・フィッシュ・アプリ」、専任の緊急対応チームによって、それまでは散発的だった救助活動が、全国規模の組織的な取り組みへと変貌を遂げた。
2025年11月中旬から2026年2月上旬にかけて、チームは誤って捕獲された大型魚92匹を生きたまま放流した。内訳はメコンオオナマズ24匹、パーカーホ23匹、タイガーバルブ(Probarbus jullieni)32匹、カイヤン(Pangasianodon hypophthalmus)13匹だ。
30年にわたってメコン川の魚を研究してきた、米ネバダ大学リノ校の魚類生物学者であり、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)であるゼブ・ホーガン氏にとって、この変化は驚くべきものだった。「長年、これらの種が絶滅に向かう様子を見守ってきた身としては、確認される数が減るどころか増えているのは、ほとんど想像もできなかったことです。しかし、それは現実であり、興奮しています」
巨大淡水魚は、地球上で最も絶滅の危機にひんしている動物の一つだ。ホーガン氏によれば、巨大淡水魚とは、「体重90キロ以上、または体長180センチ以上に成長する種」を指す。
一部の地域では、こうした巨大淡水魚が1970年以降に95%以上も減少している。その一例が、体長6メートルを超えることもあったハシナガチョウザメ(Psephurus gladius)で、2000年代に絶滅していたと宣言された。
メコン川がほかのどの川よりも多くの種類の巨大魚を育んでいる理由は、その規模、生産性、そして毎年の氾濫によって、魚が並外れて大きく成長するための餌、空間、回遊経路が確保されているからだろう。2022年、カンボジア北部で、体重300キロの巨大な淡水エイが捕獲され、後に放流された。信頼できる記録が残る淡水魚としては最大だ。
「地球最大の淡水魚を見つけたいのであれば、メコン川で探すべきです」とホーガン氏は言う。
1980年代初頭のコンポンチャムでは、巨大淡水魚はありふれた存在だった。現在73歳のフオット・ウオンさんは、長さ600メートル超、深さ4.5メートルにも及ぶ網をメコン川から引き揚げていた頃を振り返る。網を引き揚げるたび、何百匹ものカイヤンに加えて、最大10匹ものメコンオオナマズの成魚が捕獲されていた。
時折、本当に巨大な魚が網にかかった。1月のある日、漁師たちは約300キロのオオナマズを水揚げしたが、その魚はとても脂がのっており、食べた全員が体調を崩してしまった。
1カ月後、その魚よりもさらに50キロ近く重い別のオオナマズを捕獲したが、あまりに力強く、100人近い男たちが2時間かけてようやく引き揚げることができた。病気になるのではないかと恐れ、誰もそれを買おうとしなかった。ウオンさんは当時、この好況は長く続かず、川の恵みもいずれ枯渇するだろうと考えていた。
この懸念は決して根拠のないものではなかった。迫り来る資源の減少は、乱獲だけでなく、上流の大規模な変化にも起因していた。
1990年代から、中国はメコン川上流に次々とダムを建設し、回遊魚が何千年も巡ってきた川の流れを変えた。ラオスでは水力発電の開発が進んだ。各地で砂の採掘が盛んになり、川が季節ごとに増水と減水を繰り返す自然の営みも損なわれた。
「メコン川は、魚と魚を食べる数千万の人々に不利な形で改変されてきました」と米国の首都ワシントンにあるスティムソン・センターのブライアン・アイラー氏は語る。アイラー氏は『Last Days of the Mighty Mekong(雄大なメコン川の最後の日々)』の著者でもある。
1990年代後半、ホーガン氏がタイ北部でメコンオオナマズの調査を始めた頃、この種の個体数はすでに激減していた。チェンコン漁業協会の記録によれば、1980年代には、産卵期の大型魚が1シーズンで最大80匹も捕獲されていたが、1997年までにその数は10匹未満まで減少した。10年足らずの間に、まったく捕獲されないシーズンも出てきた。
タイのオオナマズ漁が崩壊したため、ホーガン氏はカンボジアに調査の拠点を移した。そこでは、深い淵や氾濫原が、オオナマズにとって数少ない避難場所の一つとなっていた。
カンボジアで研究を始めた当初、ホーガン氏は少数の同僚たちと協力し、科学研究の体制も通信手段も乏しいこの国で、漁師の家族のもとで夜を明かしていた。漁師たちには電話がなく、報告が伝わったとしても遅々としていた。
「絶滅が危惧される種を研究していて、漁獲量がゼロになったとき、その種が永遠に失われてしまう可能性と向き合うことになります」とホーガン氏は言う。「まるで種の終わりを目の当たりにしているような気分でした」
しかし、魚たちはまだそこにいた。「Wonders of the Mekong(メコン川の驚異)」と呼ばれる研究プロジェクトを通じて、ホーガン氏とカンボジアの同僚たちは、長年にわたり漁業コミュニティーとの信頼関係を築いてきた。これらの巨大魚はめったに漁の対象にはならないが、ときに誤って捕獲されることがあるためだ。
コミュニケーションが円滑になるにつれ、報告も安定して寄せられるようになった。そのなかには、地元の漁師による記録的な大きさの淡水エイの捕獲と放流も含まれていた。
2024~25年シーズンには、報告が全くない年もあったメコンオオナマズが十数匹も確認された。
漁業コミュニティーと自然保護活動家の協力を制度化するため、研究者たちは「メコン・フィッシュ・アプリ」を開発した。以前は、せいぜい手書きで数を記録する程度で、誤って保護種を捕獲しても報告をためらう者が多かった。
このアプリを使えば、漁師たちはほぼリアルタイムで記録を残せる。測定値の入力、写真のアップロード、GPS座標の自動取得が可能だ。データは水産当局と直接共有され、絶滅危惧種が捕獲されると、Telegramでアラートが送信される仕組みになっている。
「時間をかけて築いた信頼のおかげで、地元の漁業コミュニティーは私たちの保全パートナーになりました」とカンボジア政府の内陸漁業研究開発研究所を率いるヘン・コン氏は語る。「彼らは気兼ねなく捕獲を報告してくれます」
2025年の半年間、パイロット地域では、対象18種のほとんどを網羅する計965匹の魚が記録された。「以前は市場で魚を見かけることがあっても、どこでどれくらい獲られているのかわかりませんでした」とアプリの開発を主導したカンボジア王立農業大学の博士課程に所属するピン・カカダ氏は語る。「今、そのデータがようやく手に入りました」
アプリに加えて、全国ホットラインも開設され、漁期に先立ち、カンボジア水産局と共同で専任の緊急対応チームが立ち上げられた。絶滅が危惧される魚が混獲された場合、漁師はホットラインに電話するか、地元の当局に通報し、当局が救助チームを派遣する。
このプログラムは2025年11月に始まり、すぐに通報が相次いだ。ほとんどの漁師は、魚が生きたまま放流されることを望んでいると、セイラ氏にオオナマズの件を通報した州水産局のスレイ・ケオソピアック氏は語る。「縁起がいいからです」
通報後にタグを装着された92匹の魚は、数の回復を反映しているのか、それとも単に報告体制が改善されただけなのか。おそらくその両方だとホーガン氏は述べている。
長年にわたる啓発活動によって信頼関係が築かれ、ひそかに販売されるのではなく、より多くの魚が報告されるようになった。ただしホーガン氏は、1シーズン1~2匹から100匹近くまで急増した理由をコミュニケーションの改善だけでは説明できないと考えている。捕獲の報告は、より広い範囲から、より長い期間にわたって寄せられており、雨期に水位が上昇する広大なトンレサップ湖とメコン川本流との回遊が明らかになっている。
とはいえ、警戒すべき理由もある。捕獲された魚の多くは、数十年前と比べて小型になっている。2025~26年のシーズンに、90キロを超えた魚は1匹だけだった。この傾向はおそらく、個体群が若い魚に偏っていることの現れだ。「小さな魚であふれる川には、未来への希望があります」とホーガン氏は言う。「しかし、本当に健全な川には、大きな魚がいるのです」
巨大淡水魚は、ほぼすべての地域で依然として危機にひんしており、世界中で急激な減少が記録されている。しかし、例外もある。アマゾンでは、先住民コミュニティーによる管理を通じてピラルクーの数が回復し、米国ウィスコンシン州では、数十年にわたる保護の結果、イケチョウザメ(Acipenser fulvescens)が繁栄している。
ホーガン氏によれば、課題が続くなかでも、メコン川はささやかながら教訓を与えてくれるという。「メコン川は依然として多大な課題に直面しています。しかし、私たちが目の当たりにしていることは、たとえ強烈な圧力にさらされている生態系であっても、保全活動が成果を上げられると示唆しています」
ある晴れた金曜日、ホーガン氏はトンレサップ川とメコン川の合流点近くにある広大な定置網漁場に戻った。そこでは、木製の足場が、回遊魚を捕らえる巨大な漏斗状の網を支えている。ホーガン氏が25年前に出会った62歳のチェイン・ピアップさんは、この漁場で最大の拠点を運営している。あのパーカーホについてセイラ氏に知らせた人物だ。「パーカーホは、私たちの国魚ですから」とピアップさんは笑顔を浮かべる。
ダイバーたちは水面から供給される空気を用いて、足場の下にある囲いから数十匹の生きている魚を回収した。そのほとんどはまだ若い個体だったが、それでも驚くほど大きかった。研究者たちは、メコンオオナマズ2匹を含む絶滅のおそれのある種を40匹ほど選別し、メコン川の真ん中にある網から離れた小さな無人島へ向かうボートに積み込んだ。
そこで、後を追ってきた村人たちも加わり、ホーガン氏らは魚を1匹ずつ放流した。腰まで水に漬かり、足が泥に沈みながら、それぞれの魚が尾びれを振って消えていくのを見守った。「私たちが救う魚1匹1匹が、絶滅は避けられることを思い出させてくれます」とホーガン氏は語る。「そして、これらの驚くべき生きものたちが、私たちの世界をより豊かで、より素晴らしい場所にしていることを思い出させてくれるのです」
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