「とにかくバネバネしてる(笑)」前マラソン日本記録保持者も驚いた《APEX》は魔法のシューズか…開発過程を直撃取材「2層のエアが出発点」(Number Web)
43 分前

2層に重ねられたエア、極限まで厚くしたソール、そして驚きのゼロドロップという構造。NIKEが極秘裏に開発を進めてきた新作は、これまでの厚底レーシングシューズの常識を覆す一足だった。いち早くこのシューズを試す機会を得た編集部員が、アメリカから来日した担当者から聞いた開発秘話とはーー。<前編・後編の2本立て。前編も公開中>
今回は筆者がAPEXの新しさを考える上で、特に重要だと考えた3つのポイントを深掘りしていきたい。
まず1点目は新しい「ZoomX LT」だ。これまでのモデルのミッドソールに使われてきたフォーム素材のZoomXはNIKEのレーシングシューズ開発の根幹をなすテクノロジー。今ではほぼ全てのシューズメーカーが当たり前のように厚底シューズを発売しているが、NIKEが10年前に、軽く、しかも反発のあるZoomXというフォーム素材を開発できたからこそ、革命的な「厚い」のに「軽い」という非常識なシューズが生まれたと言ってもいい。
その後もNIKEはフォーム素材の構造や作り方を細かく改良しており、エネルギーリターンや耐久力を高めてきたが、名前は一過して「ZoomX」のままだった。それが今回初めて「LT」という別称を付けた点にも自信のほどが伺える。
「標準のZoomXより17%も軽くなり、エネルギーリターンは8%向上している」
そう語るブレットの表情には、進化を続けてきたZoomXを、さらに発展させたことの充実感が滲んだ。そしてベアフット系シューズを想起させる「ゼロドロップ」というオフセットについてこう言及した。
「ゼロドロップは、解剖学的でよりナチュラルな走りを連想させることが多い単語だよね。もちろん一部のランナーにはそういう役割もあるけど、APEXで採用した目的はそれではない。このシューズのゴールはあくまで『最大級のパフォーマンス』。ミッドソールを中心としたロッカー構造も意図的に設計されていて、走り出してしまえば、いわゆる典型的なゼロドロップシューズとはまったく違う感覚になる作りになってるよ」
2層に重ねられたエア、極限まで厚くしたソール、そして驚きのゼロドロップという構造。NIKEが極秘裏に開発を進めてきた新作は、これまでの厚底レーシングシューズの常識を覆す一足だった。いち早くこのシューズを試す機会を得た編集部員が、アメリカから来日した担当者から聞いた開発秘話とはーー。<前編・後編の2本立て。前編も公開中>
今回は筆者がAPEXの新しさを考える上で、特に重要だと考えた3つのポイントを深掘りしていきたい。
まず1点目は新しい「ZoomX LT」だ。これまでのモデルのミッドソールに使われてきたフォーム素材のZoomXはNIKEのレーシングシューズ開発の根幹をなすテクノロジー。今ではほぼ全てのシューズメーカーが当たり前のように厚底シューズを発売しているが、NIKEが10年前に、軽く、しかも反発のあるZoomXというフォーム素材を開発できたからこそ、革命的な「厚い」のに「軽い」という非常識なシューズが生まれたと言ってもいい。
その後もNIKEはフォーム素材の構造や作り方を細かく改良しており、エネルギーリターンや耐久力を高めてきたが、名前は一過して「ZoomX」のままだった。それが今回初めて「LT」という別称を付けた点にも自信のほどが伺える。
「標準のZoomXより17%も軽くなり、エネルギーリターンは8%向上している」
そう語るブレットの表情には、進化を続けてきたZoomXを、さらに発展させたことの充実感が滲んだ。そしてベアフット系シューズを想起させる「ゼロドロップ」というオフセットについてこう言及した。
「ゼロドロップは、解剖学的でよりナチュラルな走りを連想させることが多い単語だよね。もちろん一部のランナーにはそういう役割もあるけど、APEXで採用した目的はそれではない。このシューズのゴールはあくまで『最大級のパフォーマンス』。ミッドソールを中心としたロッカー構造も意図的に設計されていて、走り出してしまえば、いわゆる典型的なゼロドロップシューズとはまったく違う感覚になる作りになってるよ」
次に注目したいカーボンプレートは、これまでの厚底シューズに内蔵されてきたものとかなり違う。ミッドソール内のかなり高い位置に配置されており、また全面的に再設計された「インバースウェーブ」と呼ばれる形状が独特すぎるのだ。
「Alphafly 4や他のシューズのプレートと比べると、形状が『反転』しているんだ。オーソドックスなプレートは前足部で地面に向かって沈み込む形状だが、Apexは上に戻る形状になっている。これは踵の安定性を最大限に高めるために施された設計なんだ。そしてプレートはエアに荷重をかけるためにその『上』を通る必要があった。エアバッグを完全にコントロールし、しっかりと圧縮できるようにするためだね。これは、現時点ではかなりユニークなデザインだと思う」
立ったり、歩いたりした時に感じた不安定さ、不自然さはこの上に反るプレートの形状も影響しているはずだ。そして逆に、走った時に感じる安定性にもこのプレートの形状、時に幅の広さなどが寄与しているという。
では、一見不自然なこのプレートの形状は、どのように導き出されたのか。
答えはFEA(Finite element analysis)、日本語にすると「有限要素解析」。つまりコンピューター上のシミュレーションであり、それを何十万回と繰り返したという。かなりマニアックだが、現在のシューズ開発の最先端が垣間見える詳細な解説だったので、紹介したい。
「FEAテストの初期と完成形で最も大きく変わったのは、フォーム、プレート、エアというAPEXの各構成要素の『比率』と『配置』で、それは『バランス』とも言い換えられる。私がNIKEのシューズ最大の強みだと感じているのは、市場にある他のどのシューズよりもチューニングできる要素が多いことなんだ」
「プレートの形状やフォームの圧縮率、スタックハイトの比率を変えられるのはもちろん、プレートとエアバッグの相互作用を変えたりできるし、エア内部の気圧を変えることができる。つまりNIKEのレーシングシューズは開発における『変数』がとても多い、ということだね。
変数が多く、それらが複雑に絡み合うからこそ、1つの要素を変えたときに他へどう影響するかを全て物理的に作って試すのは時間がかかりすぎる。シミュレーション(FEA)を使うことで、数多くの仮説をテストし、最も効果的と思われるものに絞り込んでから、実際の物理的なサンプルを作って検証することができたんだ」
NIKEには予測ツールや予測モデルがいくつもあり、APEX以外のシューズ、つまりアルファフライやヴェイパーフライの開発テストにも使われているという。シューズ開発は、職人の世界からAIなども使ったデータとシミュレーションの世界に完全に切り替わっていることを象徴する話だと感じた。
そして3つ目は最大の注目点であるズームエアだ。片足に4つも搭載されたエアは外見的にも大きなインパクトがある。
「ビックマックのような2層構造という発想は、いつ、どこで生まれたのか」
そう質問をすると、APEXの開発自体が、驚異的な推進力を生む“ダブルスタック エア”をどう使いこなすか、という課題から出発したのだという。
「このアイディアは7、8年前からNIKEの中にあったけど、Alphaflyを進化させていく中で、このダブルスタック エアを最初に試すレーシングモデルとしてはAlphaflyは適切ではないと感じたんだ。そこから『Alphaflyの先にあるAPEX』というアイデアが生まれた」
開発チームはあらゆることをテストしたという。2層にするのではなく、超分厚いエアを1つ入れるアイディアも試したというが「安定性の面で2層を採用した」という。
今回はズームエアのポッド自体が新しくなっている。これまでは熱成形で作られていたが、音と振動を利用したRFと呼ばれる技術で成形。これにより今までより30%以上軽く、しかも柔らかくなったのだという(APEXのエアは先に発表されたAlphafly4に搭載されたものとは微妙に違うらしい)。
実際に走ってみた上で個人的に感じたのは、このエアポッドの「柔らかさ」がランナーにとってAPEX最大の長所になっているということだ。
これまでNIKEの最上位モデルだったAlphaflyシリーズは初代から3まで全て足を入れて走ってきたものの「自分には使いこなせない」というのが正直な感想だった。エアの強力な反発は感じるものの、その反発が垂直方向、つまり上方向に拡散してしまい、前への推進力に変換できていない感覚が常にあったのだ。
その原因は練習不足、フォーム、筋力不足など、ランナーである自分自身にあることは理解していたものの、シューズのポテンシャルを引き出すための接地の「スウィートスポット」が小さすぎて、キプチョゲや大迫傑、鈴木健吾といった綺麗なフォアフットで走るトップ選手に最適化されたシューズであり、市民ランナーが使いこなせるイメージが沸かなかったのだ。
だが、APEXのエアはこれまで以上に柔らかいため、潰れている時間が長くなっている感覚がある(錯覚かもしれないし、長くなっていても0.1秒以下だろうけれど)。そのため接地の「スウィートスポット」が広がり、ミッドフットで着地をしても、バネバネした独特の反発をスムーズに推進力にできた。単純化すると「普通に走ってもグイグイ進む」ということだ。
「ランナーに最大のベネフィットを届けるために、システム全体のあらゆる要素をしっかりと最適化するのには長い時間がかかったんだ」
2層のエアという強力な武器を、7、8年という歳月をかけて最適化して搭載したAPEX。このレーシングシューズで走る感覚はまだ誰も言語化できていない。だからこそ「魔法のシューズ」というような、わかりやすい言葉で表現したくなってしまうが、走った実感としてその表現も決して誇張ではないと思っている。
日本人ランナーでいち早くこのシューズを試している鈴木健吾選手は、こんな感想を教えてくれた。
「もうとにかくバネバネしてます(笑)。これはアルファフライとも全く違う感覚で、かなりのじゃじゃ馬ですね。(次に出場予定の)ニューヨークシティマラソンはアップダウンもかなりあるので、フィット感が向上したアルファフライ4で走る可能性が現時点では高いかなと思っています。APEXは履きこなすのにまだ時間がかかりそうですけど、もちろんニューヨークで履く可能性もありますし、他のフラットなレースで試してみたいな、と」
秋以降のロードレース、そして駅伝では必ず着用する選手が出てくるはずだ。彼らの言葉にも耳を傾けていきたい。
日本での発売は来年の年明け2027年1月を予定、価格は55,000円だという。履いてみたいというランナーもいると思うが、実際に買うとなると、どうしても気になるのが「軽さ」と「耐久性」だ。
マラソン世界記録を出したサウェが履いていたアディダスの「アディオスEVO3」は97.25g、そして先日のベルリンマラソンに合わせて発表されたミズノの新作「ハイパーワープ96」は96gと、100gを切る驚異的な軽さを誇っている。昨年発売されたアシックスのメタスピードレイも129gとライバル各社はとにかく軽量にすることを追求してきた印象がある。
それに対してAPEXは168g。「重量」という客観的でわかりやすい数値において、やや劣っているのが事実だ。NIKEは、この点をどう捉えているのか。ブレットの回答はとても明確なものだった。
「コミュニケーションの面、伝えやすさという意味では、確かに『軽量性』の方が単純明快だ。しかし、私たちは『明快さ』を追求しているのではなく、あくまでもアスリートの『可能な限り最高のパフォーマンス』を追い求めている。
もちろんシューズの重量とランニングエコノミーは実際にリンクしている。シューズの重さを100g削るごとに、ランニングエコノミーは1%向上する。しかし、150gや100gのシューズを仮に0gまで削ったとしても、得られる改善は1%に過ぎないんだ。私たちがモデルチェンジごとに目指しているのは、数%単位の大きなパフォーマンス向上なので、重量だけで勝負することはできない。
もちろんこれからも軽量化は追求し続けるが、ランニングエコノミーを向上させる推進力を犠牲にしてまで軽さを追うことは絶対にしない。それでは本末転倒になってしまう。マーケティングの戦いには勝てるかもしれないが、実際の『パフォーマンスの戦い』には勝てなくなってしまうからだ」
そして軽量化に伴い犠牲になってきたのが耐久性だ。フルマラソンを1本走ると、本来の性能が失われてしまうシューズも少なくない。その点、APEXはどうなのか。
「シューズの耐久性はランナーの走り方、接地面のクセ、走る場所によって大きく異なるため、具体的な目標数値を断言するのは危険なんだ。でも、テスト段階で分かっていることとしては、アスリートたちがかなり安全に『100マイル(約160km)』程度まで履き込めていたということ。
Alphafly4なら少なくとも300マイル、人によっては500〜600マイル走っても問題ないけど、APEXの寿命は『100マイル程度』と暫定的に言えるかもしれない。とはいえ、本番前に長めのポイント練習を数回こなした上で、自信を持ってレース本番に臨めるだけの十分な耐久性は備わっているよ」
NIKEは9月中旬にAlphafly4を発表し、APEXと同時に「Swooshfly」という低価格レーシングシューズの登場も予告した。ここ2年ほど、やや停滞していた感もあったNIKEのレーシングモデルのラインナップが一気に活性化している。
こういったラインナップの充実が、APEXという先鋭的な新しいシューズ開発を後押ししたのだろうか。
「Alphaflyという多くのランナーに履いてもらえる素晴らしいシューズが存在するからこそ、Apexでさらに限界を押し広げる、つまり突き抜けた設計をするためのライセンスが得られた、というのは事実だね。どちらのシューズもフルマラソンを走るために設計されたシューズ。ただ、APEXの履き心地は賛否が分かれるかもしれないし、万人のためのシューズではないかもしれない。しかし、世界記録に向けて限界に挑むアスリートにとって、このAPEXこそが最高のチャンスをもたらすと確信しているよ」
インタビューの最後、ブレットに「次」について尋ねてみた。それはインタビューの途中でこんなことを言っていたからだ。
「APEXの最終的な着地点には満足はしているが、ここで収まることなく、さらに先を目指しているよ」
すでに次なるスーパーシューズの構想はあるのだろうか。
「Yes, we have some ideas.」
答えは驚くほど単純だった。
「私たちが利用できる開発ツールが増えているし、そして素材を含めたイノベーションのスピード自体が今、急激に加速しているんだ。だから、とてもワクワクしているよ。APEXの完成度には非常に誇りに思っているけど、さっきも言った通り『「満足はしているが、ゴールはここではない』んだ。次に何が来るかは既に見えているし、そのさらに先に来るものについても分かっていて、本当に楽しみだよ」
NIKEの反転攻勢は、APEXというランニングシューズ生態系の「頂点捕食者」とともに始まるのかもしれない。
ただそれを証明するのは開発者の言葉や株式市場の数字ではないはずだ。トップアスリートの順位や記録、そして市民ランナーの自己ベスト追求といったパフォーマンスこそが、NIKEやブレットが追い求めてきたもの。だからこそNIKEの復活は、レースで、ランナーたちの走りでしか証明できないはずだ。
<前編から続く>
本文の著作権はYahoo!ニュースにあります。