ベンツでもブランド服でもない…外資生保に転職して年収3000万円になったシンママが一番嬉しかった"買い物"(プレジデントオンライン)
57 分前

「億り人」と呼ばれる人たちは、どんな生活をしているのか。企業向け金融教育を行っている勢口真理さんは「私は家賃5万円のアパート暮らしからある程度お金が自由になった私は、お金があることのすごさを痛感した。それは選択肢が一気に増えることにある」という。勢口さんの実体験を紹介する――。(第2回)
※勢口真理『シングルマザー 億り人になる』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■43歳で転職した外資系生保の1年目の年収額
家電量販店での8年間のパート勤務から脱し、43歳で外資系保険会社に転職しました。シングルのまま、子どもが中1と小5に上がる頃の事です。
パートの仕事を必死で頑張って、時給は当初の1400円から2300円までアップ。社内で「エース」と呼ばれるような営業力というか販売力が付いてきたのは実感していました。これが何か売りにならないかとも考えていました。
そこで、たまたまFacebook経由でその保険会社にいる先輩から連絡を頂いたのは幸運でした。
約1カ月間、支社に缶詰め状態で保険や金融、税金や社会保障について勉強した後、まず月25万円でいきなり「週3件のご契約を預かる」というハードな営業活動の毎日に突入。本当にメンタルが鍛えられました。
半年ほど経った頃に富裕層の奥様とご契約をお預かりし、そこから色んな方をご紹介頂いて一気に勢いに乗ったんです。ご契約の単価も、報酬もどんどん上がっていきました。週3件のお預かりというハードルをこなしていくと、業績は積み上がっていきます。家電量販店のパートの頃からすると、最初の2年間だけでも生活が劇的に変わったんですよ。たぶん1年目が年収600万円ぐらいだったと思いますけど、2年目はもっと増えて1000万円に届いていました。
「億り人」と呼ばれる人たちは、どんな生活をしているのか。企業向け金融教育を行っている勢口真理さんは「私は家賃5万円のアパート暮らしからある程度お金が自由になった私は、お金があることのすごさを痛感した。それは選択肢が一気に増えることにある」という。勢口さんの実体験を紹介する――。(第2回)
※勢口真理『シングルマザー 億り人になる』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■43歳で転職した外資系生保の1年目の年収額
家電量販店での8年間のパート勤務から脱し、43歳で外資系保険会社に転職しました。シングルのまま、子どもが中1と小5に上がる頃の事です。
パートの仕事を必死で頑張って、時給は当初の1400円から2300円までアップ。社内で「エース」と呼ばれるような営業力というか販売力が付いてきたのは実感していました。これが何か売りにならないかとも考えていました。
そこで、たまたまFacebook経由でその保険会社にいる先輩から連絡を頂いたのは幸運でした。
約1カ月間、支社に缶詰め状態で保険や金融、税金や社会保障について勉強した後、まず月25万円でいきなり「週3件のご契約を預かる」というハードな営業活動の毎日に突入。本当にメンタルが鍛えられました。
半年ほど経った頃に富裕層の奥様とご契約をお預かりし、そこから色んな方をご紹介頂いて一気に勢いに乗ったんです。ご契約の単価も、報酬もどんどん上がっていきました。週3件のお預かりというハードルをこなしていくと、業績は積み上がっていきます。家電量販店のパートの頃からすると、最初の2年間だけでも生活が劇的に変わったんですよ。たぶん1年目が年収600万円ぐらいだったと思いますけど、2年目はもっと増えて1000万円に届いていました。
■年収3000万円で一変した生活
最初の2年という新人期間は、どんなに売り上げても上限1000万円というストッパーが設けられていまして、それ以上稼いだ分については別口でプールされているんです。この期間が終わったら、プールされた分がドンと出てくる仕組みになっていました。
3年目に、そのプール分がドンと支払われた結果、年収3000万台に。個人事業主ですから、それが売り上げ(年商)に当たるわけです。営業活動に必要な経費はそこから出します。ただ、私は飲み会をやったりはしませんから、経費はほとんど使わず。つまり、税金はかなりかかりましたね。
年収200万円台から、3年で一気に3000万円超。そこから固定費や経費を引いて、税金を引かれても、1200万円〜1300万円は自由に使えるようになったんです。
そうなると、ざっくり言って月100万円ですよね。今までの年収分が1カ月ちょっとで、という世界に。
生活が一変しました。固定費とか家賃とか水道光熱費とか、そういった月々の支払い金額を目にしても、月末の口座の残高を気にしないで済むようになったわけです。
これが大きいんです。すごく大きい。会社から給料だけでなく、精神的な報酬も貰った感じがしました。
■衣服は「しまむら」→ブランドものに
今まで買えなかったものも買えるようにもなりました。おかげで、ちゃんとした格好をしなければ行けなかったようないいお客様のところにも、躊躇なく行けるようになりました。
私はもともとブランド志向ではありませんが、衣服を買いにいく先がしまむらから普通のアパレルブランドに代わって、使う金額も千円単位から万単位になっていきました。やはり安っぽいものよりは、ちゃんとした服を着たかったので、やっとそれが出来るようになっていきました。
それに、やっぱり交際費を使う余裕が出てきて、富裕層のお客様とのお付き合いにも行けるようになりました。「今度○○を観にいきましょう」とお誘いいただいて、何万円もするクラシックのコンサートや舞台に普通に行くようになったり。誘われれば、金額に関係なくすぐ行く。それが出来るようになっていったんです。
パーティーにもよく行きました。富裕層の方々って、お友達界隈でクリスマスとかにチャリティパーティーとかをよく開くんですね。会場は都心のホテルや有名な中華料理店とか。
費用は普通に何万円もかかるんですけど、皆さん普通に来られる。芸能関係の方を呼んだり。そういうところに参加して気に入っていただけて、仕事になったりするケースもありました。ですから、そういう時に「はい!」ってすぐ行けるようなお金の使い方ができる自分でなくてはいけないんですね。パート時代からすれば、まったくの別世界でした。
■一万札を小銭のように使ってしまう
それでも、私はそんなに大金は使っていないほうでした。営業成績でトップクラスの人たちは、飲み会やゴルフとかの接待に時間とコストをかけて効率的に大きな商談を獲得したりしている人もいました。
今でも忘れられないんですけど、この会社に入ったとき、業界の先輩に「稼げるようになってくると、3万円という金額がまるで3000円であるかのように使うようになるから、気を付けてね」と言われたんです。
最初は何のことかわからなかったんですが、だんだん収入が上がり、生活水準が上がっていってから、「あ、そういうことか」とわかってきたんです。いつしか3万円を3000円であるかのように、万札を小銭のように使ってしまう。金銭感覚がそんなふうになっていました。これは気をつけなきゃって思いました。
アポイントを取り、面談をして、ご契約をお預かりする。その方からまたご紹介を頂いて、またアポイントを取り、ご契約をお預かりする。そしてまたご紹介を……というサイクル。これをずっと続けられなければ、収入はたちまち急降下ですから。
■「塾に行っていいよ」と言える嬉しさ
一番嬉しかったのは、子どもの塾代がやっと払えるようになったことです。私が入社した頃に息子が中学に入って、中2になってから塾に通い出しました。やっぱりお金があることのすごさは、まず選択肢が増えることなんですね。
「塾行きたいんだけど」って子どもに言われて、「いいよ」ってすぐ言えた。今までだったら絶対に無理でした。通帳を見ながら、「あ、無理」「ごめんね」と言っていました。それが「いいよ」「どこにする?」に変わったわけです。
中学に入った息子に塾へ行かせられるようになったのは、大きかったですね。周りの友達が行くようになったから自分も行くってことになった際に、パートのままだったら絶対に無理でした。せいぜい月5000円の公文とか、そのぐらいでした。
それでも目指す学校があるとなると、塾代も高かった。月3教科で6万円、年70万円ぐらい。個別指導プラス夏期講習、冬期講習にテキスト代、テスト代。結局、年間で100万円を超すんですよね。
公立中学なのに、私立に行かせてるようなものでした。さらに個別クラスに加えてグループクラスの授業にもダブルで払っていて。逆に言えば、それだけ払えていた、「いいよ」って言えてた。欲しい本があっても、Amazonでどんどんポチポチしたり、そういうのは存分に使っていました。それでも、月々で赤字になることはありませんでした。
■ママチャリをベンツに乗り換え
この「いいよ」が言える安心感っていうものが一番変わった、よかったことでした。それは段々と時間が経つにつれて、じわじわ実感していきました。
「ごめんね」とか「これだけしか無理」という選択肢のない、マイナスの状況がずっと続いていて、それが苦しかったんです。子どもたちにお金持ちの生活をさせたいとか、自分でしたいという考えは当時も今も全然ないんですけどね。
もともとの私の資質なのでしょうけど、あまり派手にギラギラするタイプではありませんでした。ただ、車だけは乗りたかったベンツに乗りました。そこだけは頑張った自分への唯一のご褒美として。パート勤務時代のママチャリとは大違いです。
会社の先輩にはヤナセの営業出身の人が多かったんですけど、その一人の知り合いのディーラーのところに連れていってもらって、好みの白いベンツを購入しました。といっても新古車だったので、自分でちゃんと買える額のものを買いました。
子どもを乗せるときもあるから、ボディが強い安全なメーカーにしたかったのと、やっぱり好きな車種に乗って運転できてる自分、みたいなのをイメージすることで頑張ろうと思うことが出来たんです。
■ほとんど行けなかった外食も解禁
自分の好きな車に乗ることで、「この車に見合う自分になろう」という気持ちになることが出来ました。同じ車種の新しいモデルに何度か買い替えていますが、その気持ちは今も変わっていません。
住む場所もアパートからマンションへ、みたいな(笑)。2DKから3DK、さらに2LDKから3LDKへ、中古から新築へ、みたいな感じでどんどんステップアップしていきました。
たまに「今日はどこかに食べにいこうか」って子どもを連れていくところも、以前は安楽亭にすら行けなかったのに、町のちょっとした焼肉屋さんに行くようになりました。とは言っても、叙々苑に行くわけじゃないですし、お酒は飲みませんから3人でせいぜい1万円ぐらい。
でも、以前はその1万円が全然払えなかった。外食なんて2〜3000円ですよ、3人で。1人1000円かかったら高い方でした。当時はまだ今ほどの物価高ではなかったですけどね。
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勢口 真理(せぐち・まり)
Financial Well-being Japan取締役
幼少時は恵まれた生活を過ごし、大手企業に就職するも目的を見出せずすぐに辞職。結婚して子を2人授かった後に離婚。賃貸アパートで子育てを継続しながら家電量販店のパートに従事し、創意工夫で全社TOP5%のエース級の成果を上げる。ヘッドハンティングを受けて外資系生命保険へ移り、入社初年度より社内TOP5%で社長杯入賞。業界TOP5%以上の優績者だけが対象となる世界基準MDRT(Million Dollar Round Table)会員にも連続入会、一転して年収が3000万円超に。日本国民の「真の幸せ」の追求を目指してマネーリテラシーを上げる勉学に励み、現在はFinancial Well-being Japan取締役として企業向けに米国型金融教育を提供中。著書に『シングルマザー億り人になる』がある。
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