【箱根駅伝 名ランナー列伝】小椋裕介(青山学院大) 大会史上初の「4年連続7区出走」で青学大の初優勝と連覇を支えた"裏エース"(webスポルティーバ)
55 分前

箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡連載23:小椋裕介(青山学院大/2013〜2016年)
いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離217.1kmを各校10人のランナーがつなぐタスキリレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。
すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる本連載。第23回は、史上初めて4年連続7区出走を果たし、青山学院大の2連覇に貢献した小椋裕介を紹介する。
連載・箱根駅伝名ランナー列伝リスト
【青学大の復路を任される意地】
青学大が箱根駅伝の強豪校へと駆け上がっていく時代、その復路を支え続けたランナーがいた。小椋裕介だ。
札幌山の手高(北海道)時代は全国高校駅伝1区に2度出場し、5000mの自己ベストは14分03秒96。青学大では、全国高校駅伝1区で区間賞を獲得した久保田和真、「山の神」と呼ばれることになる神野大地らと同学年だった。そのなかで唯一、青学大が出場した学生三大駅伝の全大会(10回)に出走した。
最初に存在感を示したのは2012年の出雲駅伝だ。1区でトップと7秒差の区間7位と流れを作る。3区の久保田でトップに立った青学大は、三大駅伝で初優勝に輝いた。
ルーキーイヤーの箱根駅伝は7区に起用された。しかし、苦しい走りとなり、1時間06分51秒の区間14位に終わった。
2年時は出雲駅伝の1区で区間4位、全日本大学駅伝の4区で区間7位。箱根駅伝では再び、7区を任される。区間トップの東洋大・服部弾馬に10秒届かなかったが、1時間03分37秒の区間2位と好走した。
3年時は出雲駅伝が台風の影響で開催中止となり、全日本大学駅伝は4区で区間8位と伸び悩んだ。しかし、箱根駅伝は3年連続となる7区で圧巻の走りを見せる。
青学大は5区の神野が快走して、往路は2位の明大に4分59秒差をつけて往路初優勝。トップでタスキを受けた小椋は、独走状態でも攻め続けた。
ハイペースでレースを進めて、1時間02分40秒で区間賞。当時の区間記録にあと8秒と迫る区間歴代3位の好タイムを叩き出したのだ。区間2位に46秒差をつけた。
「とにかく走っていて、楽しくて。3回目の7区なので区間賞しかないと思っていましたが、獲得できて心の底からうれしいです」
小椋には、復路を走る選手としての意地もあった。
「往路の選手が2位に5分差をつけてくれたので、往路のおかげで優勝と言われるのが悔しかった。復路新を作ってやろうと意気込んで走った結果が区間賞につながったと思います」
青学大はその後もリードを広げ、10時間49分27秒の大会新記録で同大学史上初の総合優勝。復路でも新記録を樹立した。
小椋自身は区間記録まであと8秒。前年も区間賞まで10秒だっただけに、「ラストの詰めが甘かったですね」と笑った。
一方で、こんな思いも口にしている。
「来年は7区ではなく、往路の主要区間を任されるような信頼感のある選手に成長したい」
【学生世界一の称号と「裏エース」としての役割】
その言葉どおり、ラストイヤーに小椋はさらに力をつけた。
ユニバーシアード(現ワールドユニバーシティゲームズ)のハーフマラソンに日本代表として出場。アップダウンの激しいコースで、残り3kmから勝負を仕掛けた。
「勝つためには、一番きついところで行くしかない。粘り勝ちするには上り坂を利用しようと思いました」
ロングスパートを決め、1時間04分41秒で金メダル。1学年下の一色恭志が2位に入り、青学大コンビでワンツーを飾った。
"学生世界一"に輝いた小椋は、出雲駅伝1区を区間2位と好走。チームの3年ぶりの優勝に貢献した。全日本大学駅伝は2区で区間8位。チームも優勝を逃して、2位だった。
全日本はアンカー神野が故障明けで本来の走りができず、優勝を逃した青学大だったが、箱根駅伝ではチームの総合力を結集させる。小椋が最後の箱根で託されたのが、またしても7区だった。
エース区間を走りたい気持ちがなかったわけではない。しかし、小椋は以前から「個人の要望よりもチームがどうすれば勝てるのか。僕はチームを優先したい」と話していた。
青学大は往路を完全優勝。6区でも首位を独走し、小椋にタスキが渡った。
小椋は5kmを14分22秒で入る。区間記録も狙える滑り出しだった。しかし17km過ぎ、右脇腹を押さえるしぐさを見せた。
「二宮あたりからの上りでお腹がつってしまい、下りでリズムを立て直すといった繰り返しで、なかなかペースを上げることができませんでした」
それでも最後まで粘り、1時間03分08秒で2年連続の区間賞。東洋大との差をさらに広げ、チームの連覇に貢献した。
箱根駅伝で4年連続7区を走ったのは、小椋が史上初だった。1年時は区間14位。そこから区間2位、そして2年連続の区間賞。4年間、同じ小田原―平塚間を走り続けたからこそ、その成長の軌跡は鮮明だった。
「小田原から平塚だけの箱根駅伝でしたが、4年間で2度も区間賞が取れたことはよかったと思います」
大学卒業後はヤクルトに進み、2020年の香川丸亀国際ハーフマラソンで1時間00分00秒をマーク。設楽悠太が保持していた日本記録を17秒更新した。
大学時代、往路の主要区間を走りたいと願いながら、チームのために7区を走り続けた。その4年間は、青学大が常勝軍団への道を歩み始めた時期でもあった。
青学大の歴史が大きく動いた時代。その復路にはいつも、頼りになる"裏エース"がいた。
●Profile小椋裕介(おぐら・ゆうすけ)/1993年4月16日生まれ、北海道出身。札幌山の手高(北海道)―青山学院大―ヤクルト。大学4年間では大きなケガなく、青学大が出場した三大駅伝全大会に出走し(中止となった2014年出雲駅伝は除く)、箱根駅伝では史上初めて4年連続で7区を出走したランナーとなる。3、4年時には区間賞を獲得し、青学大の箱根初制覇&2連覇に大きく貢献した。卒業後も実業団で活躍し、2020年2月にはハーフマラソンの日本記録(当時)を樹立した。
【箱根駅伝成績】2013年(1年)7区14位・1時間06分51秒2014年(2年)7区2位・1時間03分37秒2015年(3年)7区1位・1時間02分40秒2016年(4年)7区1位・1時間03分08秒
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