「笑ってて無理」 WEST.解散動画《重岡大毅の笑顔》に賛否のワケ…同じ表情が善悪に反転する“思い込みの応酬”という作用(東洋経済オンライン)
48 分前

2014年2月に結成され、同年4月にデビューした7人組「WEST.」が、26年9月30日をもって活動を終了した。8月30日に藤井流星と小瀧望が脱退の意向を明かしていたが、残る7人がそのまま解散という結論に至った。
ファンクラブ向けに公開された報告動画では、代表して重岡大毅が経緯を説明し、最後にメンバー7人が深々と頭を下げた。
問題になったのは、その際に重岡が見せた、笑顔に見える表情だった。
Xでは《なんで笑ったの重岡》《まじ何回みても確実に重岡くん笑ってて無理》という批判の声が上がる一方、《悪い意味じゃなくて、たぶん笑顔でWEST.を終わらせたかったんだと思う》《重岡くんの泣くの我慢してる時の強がりですよ》と擁護する声も同時多発的に上がっている。
2014年2月に結成され、同年4月にデビューした7人組「WEST.」が、26年9月30日をもって活動を終了した。8月30日に藤井流星と小瀧望が脱退の意向を明かしていたが、残る7人がそのまま解散という結論に至った。
ファンクラブ向けに公開された報告動画では、代表して重岡大毅が経緯を説明し、最後にメンバー7人が深々と頭を下げた。
問題になったのは、その際に重岡が見せた、笑顔に見える表情だった。
Xでは《なんで笑ったの重岡》《まじ何回みても確実に重岡くん笑ってて無理》という批判の声が上がる一方、《悪い意味じゃなくて、たぶん笑顔でWEST.を終わらせたかったんだと思う》《重岡くんの泣くの我慢してる時の強がりですよ》と擁護する声も同時多発的に上がっている。
■同じ映像なのに、解釈が真っ二つに割れたワケ
興味深いのは、この対立が「アンチ」と「ファン」の間ではなく、同じくWEST.を長年応援してきたファン同士の間で起きている点だ。同じ人物の、同じ一瞬の表情を見ているのに、一方は「無神経」、もう一方は「痛切な強がり」と、正反対の意味を読み取っている。
しかも双方とも、自分の解釈こそが唯一の“見たまま”の事実だと確信している様子がうかがえる。
実はこれは、心理学で「ナイーブ・リアリズム(素朴実在論)」と呼ばれる現象に近い(※1)。人は自分の知覚を「加工なしの現実そのもの」だと錯覚しやすく、同じものを見て違う解釈をする相手を「見え方が違う人」ではなく「事実を歪めている人」だと感じてしまう。
ファン同士の対立がこれほど感情的になった背景には、この「自分こそが素直に見ている」という思い込みの応酬があったと考えられる。
重岡の“笑顔”の真意はともかく、この騒動が示すのは、表情そのものに「正しい読み方」が1つしかないという思い込みが崩れる瞬間があるということだ。
■表情は「顔そのもの」ではなく「文脈」で読まれる
古くは1910〜20年代、旧ソ連の映画監督レフ・クレショフが行った実験がある。
同じ無表情の俳優の映像の後に、「スープの皿」「棺の中の少女」「くつろぐ女性」という異なる映像を続けて見せたところ、観客はそれぞれ「空腹」「悲しみ」「欲望」と、まったく異なる感情をその無表情から読み取った(※2)。
表情そのものは変わらないのに、前後の文脈だけで意味が変わってしまう現象は、後に「クレショフ効果」と呼ばれるようになった。
同様の現象は現代の心理学実験でも確認されている。同一の表情写真に異なる背景情報を添えるだけで、被験者が読み取る感情がまったく変わってしまうことを示した研究もある(※3)。
今回のケースに当てはめれば、「本人がこれまでどれだけムードメーカーとして頑張ってきたか」を重視するファンほど、同じ笑顔を「強がり」という文脈で補完し、逆にその背景よりも「今この瞬間にふさわしい態度」を重視するファンほど「笑うべきではなかった」という規範で解釈してしまう、という構図が見えてくる。
■人の表情も、私たちは勝手に“パッケージ”にしてしまう?
筆者は長年、資生堂にて化粧品や日用品のパッケージデザインの研究に携わってきた。その中でたどり着いた知見の1つが、消費者は商品パッケージを見るとき、脳内で人の顔を見るときと同じ情報処理を行い、そこに人格や物語を勝手に投影してしまう、というものだ。無機質な容器のデザインからでさえ、人は「誠実そう」「攻撃的」といった性格を読み取ってしまう。
今回のケースは、いわばその逆の現象が起きていると捉えることもできる。
「重岡の表情」という生身の情報に対して、視聴者側が「ムードメーカーとしての強がり」あるいは「空気を読めない無神経さ」という、あらかじめ自分の中にある“物語のテンプレート”を勝手に当てはめてしまっているのだ。
商品パッケージが受け手にとって“顔”になるのと同じように、人の顔もまた、受け手にとっては自分の期待や思い入れを映し出す“パッケージ”になりうる――これは筆者の研究の延長線上にある1つの仮説であり、まだ実証されたものではないが、「見た目」を介したコミュニケーションが、送り手の意図よりも受け手の解釈の枠組みによって決まってしまう場面は、モノでもヒトでも変わらないのかもしれない。
もう1つ、この一瞬の表情がこれほど大きな争点になった理由には、「ピーク・エンド効果」も関わっていそうだ。
人は一連の出来事を振り返るとき、その全体の印象を、感情が最も高まった瞬間(ピーク)と、最後の瞬間(エンド)の記憶だけで判断してしまう傾向がある(※4)。今回の動画は、まさに「グループとしての最後の瞬間」そのものであり、そこに映った表情は、ファンにとってWEST.というグループの何年もの記憶を象徴する“最後の1枚”になってしまう。
だからこそ、他のどんな場面よりも、この数秒の表情に感情的な意味づけが集中したと考えられる。
■“正解”のない表情に、私たちは何を見ているのか
重岡の笑顔が「正しかった」のか「間違っていた」のかは、本来、誰にも決められない。私たちが見ているのは、彼の顔の動きそのものというより、その動きに自分自身の物語を重ねた結果でしかないからだ。
そしてそれは、今回の件に限った話ではない。私たちは日常的に、家族や同僚のちょっとした表情の変化についても、同じように「自分の文脈」を通して意味を決めつけてしまっている。WEST.の解散動画の騒動が浮き彫りにしたのは、1つのグループの終わり方の是非というより、人間が「見た目」から意味を読み取るときの、根源的な危うさそのものだったのかもしれない。
【参考・引用文献リスト】
※1:Robinson, R. J., D. Keltner, A. Ward & L. Ross (1995) Actual Versus Assumed Differences in Construal: “Naive Realism” in Intergroup Perception, Journal of Personality and Social Psychology
, 68(3), 404-417.
※2:Prince, S. & W. E. Hensley (1992) The Kuleshov Effect: Recreating the Classic Experiment, Cinema Journal
, 31(2), 59-75.
※3:Aviezer, H., R. R. Hassin, J. Ryan, C. Grady, J. Susskind, A. Anderson, M. Moscovitch & S. Bentin (2008) Angry, Disgusted, or Afraid? Studies on the Malleability of Emotion Perception, Psychological Science
, 19(7), 724-732.
※4:Kahneman, D., B. L. Fredrickson, C. A. Schreiber & D. A. Redelmeier (1993) When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End, Psychological Science
, 4(6), 401-405.
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